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「#乳がんダイアリー 矢方美紀」ができるまで 取材開始から1年、NHK担当ディレクターが見た“素顔”

「#乳がんダイアリー 矢方美紀」ができるまで 取材開始から1年、NHK担当ディレクターが見た“素顔”

2019/05/02
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企画のはじまりは、ネットニュースを読んだ妻の何気ない一言

 はじまりは妻の何気ない一言でした。昨年4月、「元SKE48の矢方美紀さんが乳がんを公表」と報じられ、大きな話題になりました。

 我が家は夫婦共働きで、朝は3人の子供たちが保育園に行く支度をしたり、とにかくバタバタです。そんな忙しい中、ネットニュースになっていた矢方さんについて、妻が「彼女のような勇気のある子をきちんと取り上げたほうが良いと思うな」とポツリと口にしました。同業者でもなく、私の仕事に関して、普段は口を出さない妻の一言が妙に引っ掛かり、働き盛りの女性にとって「乳がん」がとても大切なテーマであることに気づかされました。「何かやらなきゃ」と直感的に感じました。

手術後、矢方さんがスマホで自撮りした写真

 矢方さんがレギュラーをつとめるラジオ番組、ZIP-FM「SCK (サブカルキングダム)」の担当者が偶然知り合いだったこともあり、すぐに連絡を取りました。矢方さんが乳がんを公表した3日後にラジオで仕事復帰することがわかり、「とりあえず、カメラを回させてほしい」と交渉し、取材がスタートしました。番組として、どういうアウトプットにするか全く決まっていませんでしたが、「何かやらなきゃ」という自分の衝動のようなものだけを頼りに、カメラを回しました。

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「#乳がんダイアリー」100日を超えるがん患者の日常

 取材を進めていく中で、一番配慮しなければならないと心がけたことは「抗がん剤治療中の患者をどのように取材していくか」ということでした。通常、テレビの取材というと、ディレクター、カメラマン、音声という3人でロケを行います。しかし、その体制を組むことはやめました。大きなカメラは時に威圧的ですし、矢方さんの負担になると思ったからです。そこで、2つのルールを決めました。

(1)矢方さんにiPadを渡し、自宅で自撮り日記を体調が良いときに撮影してもらう。

(2)ロケをするときは、ディレクターがデジカメを持ち、ひとりで撮影する。

ロケで使っていたデジカメ

 東京では、紅白歌合戦をはじめ、大人数で番組を作ってきましたが、「#乳がんダイアリー」では「小さい番組作り」に徹しました。乳がんの治療の様子をドキュメントすることは、矢方さんの極めてパーソナルな領域に入っていくことです。感覚的な表現ですが、これから治療を長期間続けていく矢方さんの横を並走するようなイメージで取材をしていきたいなと当時は思っていました。

 さきほども書いたように、矢方さんは“包み隠さない”女性です。

 自撮り日記にはネコが登場したり、焼肉を食べに行く日があったり、治療の副作用で体調が悪い日もあったり、矢方さんの日常がつぶさに記録されています。決して病気のことばかりを考えているだけではなく、大好きな食べ物や趣味のことなど実に様々です。矢方さんの日々は“乳がん”だけではないと徐々に気づかされていきました。