昭和とは違い、戦争がなかった平成の世の中だが、その分、「生きづらさ」が蔓延していた30年間だったとも言える。2001年にスタートした小泉純一郎内閣は、圧倒的な支持率をもとに「構造改革」という一連の政策を行ったが、その結果もたらされたのは日本国内の格差の拡大だった。労働市場の規制緩和によって低い賃金で働く派遣労働者が急増。さらにリーマン・ショック、東日本大震災などの影響によって「生きづらさ」は増していった。
『平成論 「生きづらさ」の30年を考える』(NHK出版新書)の中で、上田紀行東工大教授は、日本は2000年代半ばに「第三の敗戦」を迎えたと記している。第一は1945年の軍事的敗戦、第二は1990年代初頭のバブル崩壊による経済的敗戦。そして2000年代半ばの第三の敗戦について、上田氏は次のように書いている。
「自分の身に何があっても社会は助けてくれない。すべては自己責任とされ、失敗した人間は見捨てられ、使い捨てとなる。そんな社会が社会と呼べるのだろうか。それは心の焼け野原の風景ではないのか――。安心と信頼の敗戦、つまり『第三の敗戦』だと私は思いました」
弱い立場の人間が、強い立場の人間にもみ潰され、すり潰される。内部から告発しても、上の人間に都合が悪ければ、逆に報復されて排除される。証拠は隠蔽され、書き換えられる。これが「安心と信頼の敗戦」を迎えてしまった今の日本社会だ。昭和の時代からあったことかもしれないが、経済が右肩上がりではない平成の時代に同じことが起これば、閉塞感は何倍にも増して無力感に襲われる。
生きづらさを救うアイドルが、もっとも生きづらいことが明るみに
人々の「生きづらさ」を一瞬でも救っていたはずのアイドルが、平成の最後にもっとも「生きづらさ」を感じていることがわかったのが山口さんの一件だった(その前には、農業アイドル「愛の葉Girls」の大本萌景さんが自殺する事件もあった)。
「正しいことをしている人が報われない世の中でも、正しいことをしている人が損をしてしまう世の中ではあってはいけないと、私は思います」
正しいことをしている人が報われる世の中にするにはどうすればいいのか、正しいことをしている人が損をしない世の中にするにはどうすればいいのか。「真面目にやってる人が成功するんじゃなくて、うまくやってる人が成功するんです」なんて物言いが横行する世の中にしないためには、どうすればいいのか。そんなことを強く考えさせられる元号の変わり目である。