『ビッグ・クエスチョン〈人類の難問〉に答えよう』 (スティーヴン・ホーキング 著青木薫 訳)

 この4月、国際チームはブラックホールの撮影に成功した。発表された写真には、おとめ座銀河団の中心、M87のブラックホールの影が写っている。

 ニュースを聞いて、「ホーキング博士が生きていたら、どんな感想を述べただろう」と思った。車椅子に乗った天才科学者は、昨年の3月にこの世を去った。

『ビッグ・クエスチョン』は博士による最後の書き下ろしである。書名は「究極の問い」「難問」という意味だ。「宇宙はどのように始まったのか?」「未来を予言することはできるのか?」「人工知能は人間より賢くなるのか?」など10の問いについて、博士が考えを述べている。

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「なぜビッグ・クエスチョンを問うべきなのか?」と題された序論的な文章がいい。自分の人生を振り返りながら、問い続けること、考え続けることの大切さを説いている。著書『ホーキング、宇宙を語る』が世界的ベストセラーになり、博士自身が有名になったことについて、「障がいを持つ天才というステレオタイプにぴったりはまったからだ」と述べている。こういうクールでユーモラスなところが博士らしい。

 博士は「数式を使わずにわかりやすく説明されれば、たいていの人は基本的な考え方を理解し、意味を受け止めることができる」といい、実際、この本に数式はほとんど出てこない。だが、簡単にわかるとも限らないのだ。10の難問についての博士の考えには、やさしいものもあれば難しいものもある。

 たとえば「神は存在するのか?」という章は比較的やさしい。神は存在しないと博士は断言する。なぜなら、ビッグバン以前には時間というものが存在せず、したがって神が宇宙を創造する時間もないから。神の存在を想定しなくても、宇宙の始まりは説明できる。もっとも、「人はそれぞれ信じたいものを信じる自由がある」とつけ加えることを忘れない。

 第5問「ブラックホールの内部には何があるのか?」は、けっこう難解だ。たしかに平易な言葉で書かれているし、喩えもユーモラス。たとえば事象地平と呼ばれるブラックホールの境界面についての、ナイアガラの滝と落下するカヌーにたとえた解説は、感覚としてよくわかる(筆者は鳳啓助が京唄子の前で「吸い込まれるぅ~」と叫ぶ姿を思い浮かべた)。

 だが、油断はできない。「角運動量」だの「不確定性原理」だの「超回転対称性」だのと、難しい言葉も出てくる。ぼうっと読み流してしまうと、なにがなんだかわからない。ちゃんと理解しようとするなら、注意深く、ときには辞書の力も借りつつ、根気強く読む必要がある。しかし、その果てに「わかった!」と実感したときの喜びは大きい。

「大切なのはあきらめないことだ。想像力を解き放とう。より良い未来を作っていこう」と博士は結ぶ。

Stephen Hawking/1942年、イギリス生まれ。オックスフォード大学、ケンブリッジ大学大学院で物理学、宇宙論を専攻。21歳で運動ニューロン疾患を発症。37歳でルーカス教授職に選出、以降30年務める。著作に『ホーキング、宇宙を語る』など。

ながえあきら/1958年、北海道生まれ。フリーライター。著書に『図書館の「捨てると残す」への期待と不安』、『四苦八苦の哲学』など。

ビッグ・クエスチョン―〈人類の難問〉に答えよう

スティーヴン・ホーキング,青木 薫(翻訳)

NHK出版

2019年3月14日 発売