世の新刊書評欄では取り上げられない、5年前・10年前の傑作、あるいはスルーされてしまった傑作から、徹夜必至の面白本を、熱くお勧めします。
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梶尾真治の『サラマンダー殲滅』はきわめてシンプルな物語だ。要人暗殺のために実行されたテロで夫と娘を殺された女性が、復讐を果たそうとする。それだけだ。しかし、日本SF界の名手である著者は、このシンプルなプロットに溢れんばかりのアイデアを注ぎ込んでみせる。
雨の降らない惑星を舞台とした第一部「飛びナメ」の後半で、まずぶっとぶ。ここで物語は、突如として壮絶なパニック小説に変じるからだ。しかもこの物語の変容は、奇抜なSF的アイデアと周到な伏線に支えられている。本書は三部構成だが、第二部では一転してSFホラーとスパイ小説が同時並行。各パートが強力なSF的アイデアに駆動された熱いエンタメになっているのである。
舞台は、地球を捨てた人類が宇宙のあちこちに植民している未来。いくつものエキゾティックな惑星が描かれるさまは『スター・ウォーズ』のように華麗でカラフル。宇宙船の操縦士を夢見る不遇な青年や、持病により赴任先の星に留まることになった中年外交官など、脇役たちも印象的である。彼らそれぞれの戦いの果てに、恐ろしく苛酷な場所にあるテロ組織の本部襲撃へと物語は加速してゆく。
主人公・静香は、人為的に憎悪を脳に植えつけられている。亡くした夫と娘の記憶は徐々に人工の憎悪にとって代わられて消えてゆく。その悲しみが、復讐という暴力の単純な礼賛にブレーキをかけているのも見逃すべきでない。
復讐小説、パニック小説、スパイ・スリラー、冒険活劇などなど、並みのエンタメ六、七冊分のアイデアとスペクタクルが詰めこまれた大作。日本SF史上最強の徹夜本は本書であると断言したい。