世の新刊書評欄では取り上げられない、5年前・10年前の傑作、あるいはスルーされてしまった傑作から、徹夜必至の面白本を、熱くお勧めします。
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『金閣寺』『豊饒の海』などの代表作が優れた文学であることに異論はないものの、文体のあまりにも重々しいセンスにいまひとつ馴染めないものを感じることも多かった筆者が、「これで三島由紀夫と和解を果たせた!」と感じたのが『肉体の学校』を読んだ時だった。
主人公の浅野妙子は、もとは華族の令嬢で、現在は洋裁店のオーナーとして辣腕を振るっている。同じ上流社交界の出身でやはり同じく離婚歴がある鈴子や信子と仲良しで、それぞれの性生活もあけすけに話している。ある日、三人でゲイ・バアへ繰り出した時、妙子はそこで働くバーテンダーに惹かれる。ずば抜けた美貌に恵まれた千吉というその青年は、妙子が今まで逢ったことのないタイプの男だった。
社会的地位の高さ、実業家としての手腕、ありあまる才気、女性としての魅力……妙子は人から憧れられるすべてを持っている。恋愛にかけても百戦錬磨の経験を積んでおり、つまらない男には洟(はな)も引っかけない。千吉は、階級が異なるせいで妙子が今まで知り合うことのなかった野性的タイプである。彼女は貧しい千吉を勤めから解放し、真面目な学生に戻してやろうとするのだが……。
妙子と千吉の恋の駆け引き、互いの浮気、嫉妬と焦燥……といったエピソードは、卓越した心理描写によって説得力豊かに綴られ、ウィットに富んだ会話がそこに絢爛たる彩りを添える。二人の関係はハッピーエンドで終わるわけではないものの、彼らが最後に対面するシーンにおける妙子の引き際の天晴れさ、気高さは惚れ惚れするほどだ。一九六〇年代発表ながら、恋愛小説として今なお通用する逸品である。(百)