世の新刊書評欄では取り上げられない、5年前・10年前の傑作、あるいはスルーされてしまった傑作から、徹夜必至の面白本を、熱くお勧めします。

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『忌談』(福澤徹三 著)

 ヤクザに代表される裏社会や、それと紙一重の場所にあるグレーゾーンの世界、あるいは平凡な生活を送っていた市井の人々が陥る破局。そんなこの世のアンダーグラウンドと、亡者たちが跳梁する超自然の領域。福澤徹三は、その二つの世界を自在に描ける作家である。『忌談』は、そうした社会の暗部の出来事と、不気味な怪談の両方が収録された、タイトル通り忌まわしさを極めた実話集だ。

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 ひとりの人間が虐殺される過程を撮影したスナッフ・フィルムらしき映像が登場する「裏ビデオ」、得体の知れない集落での異常な体験を描いた「禁区」など、生々しい暴力描写で背筋を凍らせる話も印象的だが、詳しい説明を省き、簡潔な描写で読者の想像力に訴えかける文章力にこそ福澤の真骨頂はある。

 まずは、巻頭の「人身事故」を読んでいただきたい。たった二ページの短い話だ。作中では、タイトルから想像される通りの凄惨な出来事が起こるけれども、本当に怖いのはそこではない。たぶん誰もが気づかないであろう悪意を、一見善意から発せられたようにしか思えない言葉の前に用意された意味深長な一言から浮かび上がらせる――それが福澤の至芸とも言うべき筆致の魅力だ。そしてこの話が、実話と銘打たれた本書に収録されていることで、こうした罰せられない悪行や、善人と思われている極悪人が、実は私たちの日常の裏に満ち溢れているのではないか――という空想が膨らみ、恐怖は倍増するのだ。

 なお、本書を含む「忌談」シリーズは角川ホラー文庫から五冊刊行されている。短い分量で読者の心を凍てつかせる、恐怖譚のお手本がここにある。(百)

忌談 (角川ホラー文庫)

福澤 徹三

角川書店

2013年6月21日 発売