世の新刊書評欄では取り上げられない、5年前・10年前の傑作、あるいはスルーされてしまった傑作から、徹夜必至の面白本を、熱くお勧めします。
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黒川博行の代表作といえば、極道と建設コンサルタントのコンビが現代社会に巣食う悪を蹴散らす〈疫病神〉シリーズである。同作で黒川を軽妙で痛快な犯罪小説の書き手だと思った読者も多いだろう。だがキャリア初期の作品である『切断』を読むと、〈疫病神〉における作風とのギャップに愕然とするはずだ。
病院内で惨殺された暴力団幹部。彼の死体は耳が切り取られ、さらに別人の小指が耳の穴に突っ込まれていた。続いてディスカウントストアのオーナーが殺害される事件が発生。死体は前の被害者の耳を咥えており、代わりに舌が切られ持ち去られていたのだ。死体の一部を利用した奇妙なリレー式殺人を行う犯人の目的は何か。
スピーディな展開と凄惨な暴力描写。まるで英米作家によるサイコサスペンスかと見紛うような物語は、著者の作品の中でもひと際異彩を放つものだ。
本作で探偵役を務めるのは大阪府警捜査一課海部班の面々である。だが黒川作品の特徴である大阪弁の楽しい掛け合いは鳴りを潜め、得体の知れない殺人者と捜査陣の攻防戦が最後まで緊張を緩めることなく描かれるのだ。
さらに見逃せないのは謎解き小説としての優れたアイディアが盛り込まれていること。本作では「なぜ犯人はわざわざ死体を切り取るのか」という動機を巡る謎が一つの核になっている。その謎に対する解答が実にぶっ飛んでいるのだ。本作以前にも黒川は謎解き要素の強い警察捜査小説を書いているが、これほど合理的でありながら狂気に満ちた真相は無いだろう。本格ミステリを愛する人にこそ本作を手に取ってもらいたい。(踏)