会場に足を踏み入れてすぐに、「あ、いい空気が流れているな」と思える展覧会は無条件に快い。そんな雰囲気を生み出せるのはきっと、並んでいるのが世界を肯定する表現ばかりだから。
東京六本木、六本木ヒルズのすぐそばにある小山登美夫ギャラリーで始まった、大宮エリー「Peace within you」展のことだ。
「すべてが絵を描くための準備だったんじゃないか?」
壁面には、色とりどりに彩られたキャンバスが掛かっている。海景が見える。いろんな花が見える。丸っこい山々の稜線もある。画面のなかのモチーフ、かたち、色合いすべてがひたすら優しげで大らかだ。描き手が描く対象を全身で受け入れて、慈しんでいるさまがよく伝わってくる。
そうだった、私たちは表現に触れるとき、ただ技量に感嘆したくて向き合っているわけじゃない。もっとこう作者の心持ちを受け取って、それを咀嚼することで、自分自身の心持ちにも何らかの変化が訪れる。そういうやりとりをこそ愉しみたいのだ、という初心を思い出させてくれる作品群がここにはある。
大宮エリーといえば、何気ない日常のひとコマを一瞬にして笑いに変える名エッセイストとして、まずは広く知られる。ほかにも映像や舞台の作・演出、ラジオやテレビのパーソナリティも務めたりと、まさに多才な人といったイメージ。けれどじつは、近年の活動と関心は、もっぱら「描くこと」に傾いている。
ちゃんと絵を描いたことなんてなかったという大宮エリーが、絵に気持ちを持っていかれたきっかけは、7年前のある出来事だった。いきさつについて、本人に話を聞けた。
「これからはアートだ! なんて野心を抱いたわけではまったくないんです。2012年、あるお祝いのパーティでいきなり、ライブドローイングをしてくれと頼まれまして。ええっ! なんで絵なの? と思いましたけど、その場にいた方に『お酒でも飲みながら描いてみれば?』と言われ、それならばとすこし飲みながら描いてみたら、うまく自分を解放できた感覚があって、周りの人たちにもたくさん喜んでもらえた」
その際に描いたのは、《お祝いの調べ:直島》という絵だった。以来、描くことにのめり込んでいき、2015年に初の絵画展を開く。以降、青森や福井、東京と各地で個展が相次いでいる。
「私はこれまでいろんなことをしてきたけれど、ある人から『そのすべてが絵を描くための準備だったんじゃないのか』と言われて納得しました。たしかに考えてみると、文章を紡ぐ構成力、映像制作で培ったものの切り取り方、ラジオのライブ感覚や舞台の奥行き、どれも絵に生かせるものばかり。そうか私はいつもひとつのことをやりたかっただけで、それがいまは絵にうまく集約できているんだ。そう思っています」