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“努力の人”だけではない 阪神・原口文仁の凄みと忘れられない寮でのできごと

文春野球コラム ペナントレース2019【対戦テーマ:関西対決】

2019/06/15

 前回の北條について書いたコラムは、ジョーも読んでくれてたみたいで、あいつがトンネルした話は“絶対忘れませんよ”と言ってました。読者の方にも喜んでもらえて良かったです。このコラムで5月期の本塁打王になったと聞きました。現役時代は、ほとんどホームラン打ったことないんで、嬉しいです(笑)。勢いに乗って、今回はこの人を……。原口さんについて書かせてもらいます!

誰も真似できない原口文仁の練習

 ガンのことを聞いた時は、びっくりしました。僕はもうタイガースを退団していたので、ニュースで知って、え……? って。あんな頑張ってた人が病気でダメになるのは嫌だなと思ってましたけど、そんな心配はいらなかったですね。ああやって1軍に戻ってきて、すぐに結果も出して本当にすごいなと。でも、原口さんやから、僕は打つだろうなと思ってました。原口さんの努力の凄さを知ってる人なら、みんなそう確信してたはずですよ。

 まずはチームメートとしての原口さんの印象を話しますね。僕が入団して、あの時はまだ原口さんが背番号52の時でしたけど、めちゃくちゃ真面目な人がいるなというイメージでした。僕とは全く正反対というか(笑)。本当に優しい人で、ファームで一緒にやってる時も僕なんかに“どうやって打ってるの”とかバッティングのこと聞いたりして。

 すごいなと思ったのが、鳴尾浜球場にある選手寮の入り口がガラスのドアなんですけど、原口さんは室内で打ち込みを終えた後に、絶対にそのドアの前で立ち止まってガラスを鏡代わりにして、10回素振りをするんですよ。それも「イチッ」と言ってブンッてスイングして次は「ニッ」と言って振って。それで例えば「ヨンッ」のスイングがアカンかったら、もう1回、「ヨンッ」のスイングをするんですよ。「良いイチッ」とか「良いロクッ」を求めて振るんです。完ぺきな10回を求めて毎回、スイングされてて。毎回ずっとやってました。あれは原口さんにしかできない素振りだと思います。

大腸がんの手術を経て、1軍復帰を果たした原口文仁 ©文藝春秋

 腰痛とかケガもあって、育成契約も経験されましたけど、そんな時こそ練習をめちゃくちゃしてた印象ですね。ウエートも誰よりも苦しんで、ガンガンやって、体もすごくごつくなってました。そこから支配下登録を勝ち取って、16年に初めて1軍に上がって山田コーチのユニホームを着て、ヒット打った時は僕も自分のことのように「よっしゃ!」って叫んでましたね。2軍の僕が頑張らなあかんのですけど、中谷さんの初ホームランの時と一緒で、原口さんのヒットはめちゃくちゃ嬉しかったですね。ただ、あれだけ練習してる人だから、結果も出るんだなと思ってました。

 あの練習は誰も真似できない。考えながら、量もめちゃくちゃやっているので凄いですよ。原口さんが背番号94で、僕がその時93だったのもあって続くぞ! と思っていたんですけどね……。昨年、代打で凄い成績を残しましたけど、代打の準備とかも相当していると思います。腰痛を経験してるので、人一倍、体のケアにも時間を割いてますしね。