犯罪者とハッカーだけが立ち入りを許されていたはずの“悪の楽園”が、欧米などの捜査当局によって壊滅させられた。米国とドイツの捜査当局は5月3日、違法品売買サイト「ウォールストリート・マーケット(WSM)」を運営したなどとして、ドイツとブラジルの4人を告発し、サイトを閉鎖したと発表した。
摘発された「WSM」は、一般の目には届かない「ダークウェブ」の奥底に潜み、麻薬、偽ブランドからコンピューターウイルスまで、違法と名のつくもの全てを揃える通称“裏アマゾン”。欧米当局は盗聴、潜入・おとり捜査、そして国際連携を駆使し、ハリウッド映画さながらの追跡劇を繰り広げた。
ダークウェブとは、一般のパソコン利用者では閲覧すらできない、インターネットの一部の領域のこと。それは、人里離れた洞窟の中でひっそりと営まれる、ならず者のアジトのようなものだ。閲覧には特別な技術が必要で、さまざまな違法行為が当局の目を盗んで行われている。
捜査にあたってきた米連邦捜査局(FBI)の特別捜査官は宣誓供述書のなかで「ウォールストリート・マーケット」の概略を、こう説明している。
「サイトはアマゾンなどの通販サイトと大差ないが、機能が違法品販売に特化されていた点が違う。販売業者は売りたい商品をサイトで宣伝。消費者は商品を検索し、仮想通貨を払えば、商品が発送される」
商品は麻薬、偽造品、ウイルス、詐欺……
WSMは2016年に設立された。違法取引サイトの中でも世界最大級の顧客を擁することで知られる。
「WSMはダークウェブ内にあるマーケットで、麻薬、コンピューターウイルス、クレジットカード情報、偽造品などが取引されていた。2019年時点では最大級の違法市場。販売業者は5400業者、顧客はのべ115万人。最後には閉店して顧客の口座の仮想通貨をすべて(1100万ドル=約12億円相当)盗んでしまった」(同前)
商品の分類は《麻薬》《偽造品》《ウイルス》《詐欺》……。例えば、合成麻薬MDMAの説明欄には「世界中出荷可能」と明記され、商品、出品者ともに五ツ星中、平均四ツ星の高評価が消費者からつけられている。消費者が安心して購入できる工夫が随所に施されているのだ。
もちろん、犯罪者にとっての楽園は捜査当局にとっては屈辱以外の何物でもない。米国ではFBIだけでなく、麻薬取締局、国土安全省など複数の当局が立ち上がり、ドイツ、オランダなどの捜査当局も捜査を始めた。
ダークウェブは閲覧が困難なだけでなく、通常のインターネットと違い、いつ、誰がアクセスしたかすら痕跡がほとんど残らない。いわば泥棒が犯行後に丁寧に指紋をぬぐい、足跡を拭き取るようなもので、捜査は当然、困難を極める。望みは、そうした犯罪者たちの一瞬の気の緩みで生じたミスにだけ託される。