事の起こりは6月6日、独立系ニュースサイト「メドゥーザ」のイワン・ゴルノフ記者が麻薬密売の疑いで逮捕されたことだった。

 モスクワ中心部の路上で警察の職務質問を受けた際、リュックの中から違法薬物の入った袋が発見され、その後の家宅捜索でも薬物が押収されたのだという。ゴルノフ記者は身に覚えのないものだとして容疑を否認。連邦保安局(FSB)の葬儀ビジネス利権に関する汚職追及記事を発表していること、取材対象者から数か月にわたり脅迫を受けていたことに触れ、警察によって仕組まれた不当逮捕であると訴えた。

 これまで名のある新聞、雑誌、ニュースサイトを渡り歩き、数々の調査報道に定評がある記者だ。身の潔白を信じる仲間たちによる解放を求める呼びかけは、ツイッターやフェイスブックなどのSNSで一気に拡散し、ゴルノフ記者が勾留された警察本部前では連日にわたって抗議デモが行なわれた。

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 今回の事件をめぐる一連の動きは、じつは異例ずくめの展開だった。

大手新聞3紙が一斉に政府に抗議

 ひとつは6月10日、コメルサント、ベドモスチ、RBKの主要3紙が一斉に抗議記事を掲載したことだ。一面に大きく書かれた「Я/МЫ ИВАН ГОЛУНОВ(私/私たちはイワン・ゴルノフ)」の文字。2015年にパリで起きたシャルリー・エブド襲撃事件を受けての連帯運動「Je suis Charlie(私はシャルリー)」から取ったものだ。

3紙が一斉に抗議を表明。Я(私)とМы(私たち)が組み合わさり、Мыの文字には各紙のテーマカラーが配されている

 ロシアの大手新聞がここまで公然と政府に反意を示すのはかなり異例のこと。新聞はモスクワ市内の売り場で軒並み完売となり、普段は新聞などめったに手にしないネット世代の若者たちもこぞって買い求め、それを手に抗議デモに出かけた。

 背景にあるのは、政府が進める情報統制への反発だ。今年3月の法改正でフェイクニュースや国家や政府を侮辱する書き込みなどが取り締まりの対象となった。真偽や不敬かどうかの判断は検察に委ねられるが、その基準は曖昧なものとなっている。さらには5月にインターネットの海外からの遮断を可能にする法律が成立した。

 今年4月に発表された最新の世界報道自由度ランキングでロシアは180か国中149位。中国や北朝鮮といった国に比べればまだましとは言えるものの、政府に都合の悪い情報はすべて封殺するといった言論統制の締めつけが今後さらに強まっていくのではないかとの危機感が、記者や市民たちの間で広がっている。