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金融庁の試算よりも年金支給額は少ないが……

 外務省の海外在留邦人数調査統計によると、平成29年10月1日現在、海外に在留する日本人の総数は約135万人。平成元年から倍以上に増えた。中澤さんのような永住者は、このうち約48万人で年々増加傾向にある。

 フィリピンの在留邦人数は1万6570人で、永住者は5423人と全体の3分の1を占める。

 中澤さんが出身の高知県からフィリピンへ移住したのは、今から8年前のことだった。その背景には、日本で送る老後への不安があった。

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「仕事を引退して年金が下りるようになったらフィリピンに移住しようと思っていました。私の年金額は、一般的に言われる月額平均には及ばない。だから持ち家があっても日本では十分に暮らせないでしょう。それだったらフィリピン人の妻もいるから、持ち家を処分して物価の安いフィリピンで生活するのが一番良いなあと思っていました」

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 中澤さんはこれまで、漁師や建築関係、ガスの営業などの仕事に従事し、中でももっとも長く勤めたのはタクシー運転手だった。年金を支給され始めた時は、月額換算で12万円。65歳になって、エメリーナさんと子供の加給年金が加わり、現在の支給額は18万円に増えた。それでも金融庁が示した、年金を中心とした1カ月の平均収入21万円を下回る。中澤さんは持ち家を売り払ったため、日本で暮らすとしたら、余裕はほとんどないだろう。

「電気は止まるわ、水は止まるわ」

 フィリピンは、物にもよるが物価は日本の3分の1から5分の1程度。たとえばコンビニで買うビール1本(330ml)は30ペソ(約60円)、マクドナルドのバリューセットが100~200ペソ(約200~400円)だ。経済成長率6~7%を維持するフィリピンの物価は上がっているとはいえ、リゾート地へ行ったり、日本料理店やゴルフ場に通うなどで散財しなければ、中澤さんの年金でも十分に暮らしていける。

 もちろん、物価の安さだけを頼りに海外で幸せな暮らしが送れるかというと、そんなに単純でもない。異国の地では文化も言葉も違うからだ。中澤さんの妻は辞書を頼りに少し日本語ができるようになったとはいえ、英語の電子辞書も使いながらコミュニケーションを取っていた。最近では慣れてきたのか、ほぼ日本語だけでやり取りしているという。

 新興国ゆえの不便さもある。実際に生活を始めてみると、インフラの不備や渋滞などでやはりストレスを感じる人は少なくない。その点、おおらかな中澤さんは、異国の環境に何とか順応できている。

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「電気は止まるわ、水は止まるわで腹が立つこともありますが、我慢です。日本のように腹を立てたらアウト。だってフィリピンは日本と全然違うんだよ。仕方がない。日本と同じようにはいかないよ」

 物価の安さや温暖な気候といったメリットがある反面、日本の価値観を持ち込むと、海外ではしばしばトラブルになりがちだ。たとえば、フィリピン人はカラオケ好きで、真っ昼間からカラオケ機器を使って大音量で歌う習慣がある。その歌声に耐えられず、怒鳴り込んで住民たちと気まずい関係になる日本人も絶えない。その国の事情を理解するよう努め、現地社会にいかに溶け込めるか。

 それが海外生活における処世術である。