なぜ“沈黙”を続けるのか?

 ハリウッドの名匠マーティン・スコセッシの手で映画化され公開中の遠藤周作の小説のことではない。

 経済学者たちのことだ。

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 なす術がないかのような沈黙が続いている。

 ドナルド・トランプ米国大統領によって次々と繰り出されるあまりにもあからさまな保護主義政策の非道さにあっけに取られているだけなのだろうか?

 そして“トランプ・ラリー”と浮かれる株式市場。

 株主資本主義の繁栄を支えた自由貿易体制・グローバリゼーションに次々ノーを突きつけるトランプに迎合するかに見える市場の動き。“理性的株式市場”など語義矛盾だが、違和感を拭えないのは私だけか。

 これが政治というものだ。

 そう言ってしまえば良いのかもしれない。力の発揮とはこういうことだと言えば良いのかもしれない。法も知性も良識も政治によって木っ端微塵にされるのが世界の歴史と云うものだ。国際関係とは冷酷な力の発揮に他ならない。するとこう考えなくてはならなくなる。

「こうやって戦争へと向かっていくのだな」と。

©getty

GATT、WTO、そしてEUが示したもの

 沈黙する経済学者に代わって言おう。

 19世紀初め、英国の経済学者デビッド・リカードの『比較生産費説』(比較優位の理論)によって、各国の生産コストにおいて比較的有利な商品を集中的に生産することで、つまり国際分業を進めることで、貿易により相互に利益を受けることが出来ることが鮮やかに示された。リカードはアダム・スミスと双璧の古典経済学のスーパースターであり自由貿易主義のヒーローだ。その後の世界経済発展の歴史はその理論に基づき英国や米国が主導しての自由貿易体制、政治的にそれは民主主義拡大とセットにされて、成し遂げられた。

 リカードの理論は経済学上の真理とされている。自明ではないが真理とされる社会科学の定理の代表といわれる(いま仮に貿易の不均衡があっても自由貿易を進めることで不均衡は必ず解消されるとされている)。

 GATT、WTO、そしてEU……全てはこの理論が真理であることが過去200年の歴史から証明されるとして生まれて来た。しかし、21世紀に入ってから先進各国経済は低成長を脱せず、経済格差の広がりや移民・難民問題、そしてテロなどの社会情勢によって国民の不満と不安は蓄積した。その爆発が英国のEU離脱と米国のトランプ大統領を生んだのだ。

 英国はハードエグジットを選び、トランプは次々に保護主義政策を打ち出した。経済学者たちは皆分かっている。「世界経済は大変なことになる」のが。

「保護主義、必ずしも悪でなし」と主張する高名な社会学者はいるが経済の専門家ではない。もう一度言う。経済学を“ちゃんと”学んだ人間たちは分かっている。

「このままだと世界経済は急速に壊滅に向かう」のが。

トランプは不動産屋だという事実

 私は4半世紀に亘りファンドマネージャーとして株式市場(マーケット)と格闘して来た。では、“トランプ・ラリー”は長期上昇相場の序章か?

 株式市場は変化を好む。不透明を好む。そして激しさを好む。人類が生み出した最大の情報処理の場である株式市場はあらゆる情報を処理する能力から『森羅万象を映す鏡』とされる。株式市場は“情報処理の終了”つまり“織り込み済み”を嫌う。

“トランプ・ラリー”を定義すると、トランプが公約としたインフラ整備・大幅法人税減税・規制緩和などを過大評価した“良いとこ取り”だ。過去の大統領とは全く違うという大きな変化・何をしでかすか分からない不透明さ・常に激しい言動が“良いとこ取り”を株式市場にさせているのだ。

 トランプは不動産屋だ。“見えるもの”を大事にする。メキシコとの壁、老朽化したハイウェーなどインフラ整備は必ずやろうとするだろう。工場を米国内に回帰させるのも“見えるもの”だ。

 しかし、今の世界経済の現実は“見えるもの”よりも“見えないもの”の方が遥かに大きなものになって経済を動かしている。それは金融のことだ。その金融の姿は誰にも実態が掴めないほどの大きさとなっている。金融の中核に株式市場がある。株式市場でトランプが“織り込み済み”となった時、金融の世界は牙を剥く。保護主義の広がりによる世界経済の急速な縮小に株式市場は反応する筈だ。そこでも株が上がるとすれば“戦争を織り込みにいく”ということだろう。

 株式市場の格言に『戦争は買い』というものがある。