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首筋に冷たい汗が落ちていくのを王様は感じていました

 言葉を失う王様をよそに異国の商人は話を続けます。「王様もご存知でしょう。中継ぎ投手はブルペンからリリーフカーに乗せられてマウンドまでやってきます。ということはあの車があれば、中継ぎ投手をどこへでも連れて行けるということです」。そして「少々お値段は張りますが、いやなに、一国一城の主である王様に不可能はありますまい」。首筋に冷たい汗が落ちていくのを王様は感じていました。

「さて」王様は中庭にポツンと置かれたリリーフカーを触りながらつぶやきました。「どうしたものか」。確かにこの車でブルペンに行けば、中継ぎ投手ならつい乗り込んでしまうだろう。しかし行き先はマウンドではないのだ。お城に連れてきて、どうしよう。まずは温かいお茶だ。お茶を飲ませたらどうする? 疲れているはずだから、大きなお風呂に入ってもらおうか。ごはんは何が食べたいだろう。ふかふかのベッドも用意しておかなきゃ。

 そうだ今日の夜は阪神戦があるではないか。メッセンジャーは打てるのかな。三嶋は投げるだろうか……と思ってハッとした王様。なぜならこれから、その三嶋をリリーフカーで運んでお城に隠してしまおうとしてるのです。「わ、わしは何のためにそんなことを」王様が思わず声に出すと「彼らの幸せのためです」いつのまにか後ろに立っていた異国の商人が言いました。「彼らは状況に応じて、多少無理を押しても投げなければならない」「その無理が選手寿命を削ることになっても」「だから王様は三嶋を隠すんでしょう」。また王様の首筋に冷たい汗がスーッと流れ落ちました。

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リリーフカーに乗ってみて王様は気づきました

 王様は一生懸命考えました。そうだ、選手には出来るだけ長く活躍してほしい。それが彼らの幸せのはずだ。でも待てよ、どうして彼らは投げるのだろう。求められるから、投げるんじゃないのか。チームが勝つために、この場面を任せられるピッチャーが彼しかいないから。それは選手にとって、この上ない喜びなんじゃなかろうか。あまり考えることが好きではない王様ですが、この時ばかりは頭の中が混乱していました。「さぁ早く乗ってください」「ハマスタまで私が運転しましょう」異国の商人は太い眉をじろっと動かしました。

 リリーフカーの後部座席、一段高くなった青いシートはふかふかで、背中には白い星の模様がありました。不思議なことにそこに座ると、見慣れたはずの中庭が全く違って見えてきました。大きな声が聞こえてきます。スタンドを埋めつくさんばかりの人、人、人。パリンガシャーンとガラスが割れる音がしたかと思えば、その満員の人たちが一斉に「みしまぁぁ」と叫んでいました。ゆっくりとまっすぐ、滑るように一塁線を走るリリーフカー。みんなが待ってる、あの糸を引くようなストレートを待ってる。

「待ってくれ」王様は叫んでいました。「間違っていた」「何がです?」「わしは、わしは」異国の商人の太い眉を見ないようにして、王様は言いました。「ファンだ」。「もちろん、王様はファンです。正しいファンです。現に酷使される中継ぎを救おうとしています」異国の商人は諭すように言いました。「いや」「ファンに、正しいも正しくないも、ない」。王様は気づいたのです。勝つためには多少の犠牲は仕方ないと思う傲慢さと、勝ち負けよりも好きな選手をずっと見ていたいと思う甘さと、自分の尺度で選手の幸せまで推し量ってしまう身勝手さ。それらがいつも自分の中でせめぎあっている。答えは出ない。出ないからこそ、ずっと応援していられる、そのことに。

 王様は黙ってリリーフカーを降りました。異国の商人は太い眉をじろっと動かしながら走り去り、やがて彼方へと消えて行きました。遠くで「やっちゃえ」と聞こえたような。

「おい、大臣。このピッチャー昨日も一昨日も投げていなかったか?」「そのようです」「おい、大臣。キャッチボールしてるではないか。跨がせるつもりか!」「そのようです」。王様は相変わらず仕事そっちのけで野球ばかり見ています。今日も勝てば笑い、負ければ不機嫌になり、投げすぎの中継ぎを心配しています。それがどれほど素敵なことか、王様は以前より少しだけ分かった気がするのです。王様だってただのファン。笑ったり怒ったりできる、ただのファンです。

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