昔々あるところに、ひとりの王様がいました。

 王様は野球が大好きでした。国の仕事はそっちのけで、来る日も来る日も野球ばかり見ていました。中でも王様は先発投手がマウンドを降りた後に登場する、中継ぎと呼ばれるピッチャーが大好きでした。先発では活躍できなかった投手が、中継ぎに適性を見出し輝き出すのを見て感動しました。ビハインドで投げることが多かったピッチャーが、決め球を磨き大事な7回、8回を任されることを我が事のように喜びました。いつお呼びがかかるかわからないから、常に緊張感をもって準備を整える中継ぎ投手。その姿になぜか共感する王様を見て、家来たちは「王様ったら、めんどくさい視察や外交はすぐサボるくせに、よく言うよな」「苦労人が好きっていうなら、俺たちの待遇をなんとかしてほしいもんだよ」と陰口を叩くのでした。

「たくさん投げると良くないのではないか……」

 いつものように大好きな野球を見ていた王様、ふととあることに気づきました。「おい、大臣。このピッチャー昨日も一昨日も投げていなかったか?」。すると大臣がパソコンをカタカタと叩き「はい王様。そのようです」。「うむ」。王様は腕組みをしたまま言いました。「おい、大臣。このピッチャーはさっきの回もその前の回も投げて、しかも打たれたではないか。それなのにもう1イニング投げるのか」。すると大臣はまたパソコンをカタカタと叩き「はい王様。そのようです」。「うむ」。

ADVERTISEMENT

 王様は思い出していました。かつて大好きだった左の中継ぎピッチャーが、勝っていようが負けていようが来る日も来る日も名前をコールされ、そしてついにいなくなってしまったこと。「もしかして、たくさん投げると良くないのではないか……」王様は不安になりました。大好きな投手が出てくるとうれしくて歓声をあげていた自分が、急に悪者のような気がしてきました。背番号17が、うつむき、がっくりと肩を落としながら3イニング目の途中でマウンドを降りる姿を見て、自分でもよくわからない怒りと悲しみがあふれてきました。ひとりプンプン怒る王様を見て、家来たちは「あー王様また不機嫌になった」「3イニングがどうした、俺なんか今日で宿直3日目だぞ」とまたヒソヒソ耳打ちするのでした。

  いつもいつも投げている、あの中継ぎを助けたい。しかし一体どうすればいいのか。王様は国の仕事そっちのけで考えていました。「王様、よろしいでしょうか」。王様がうーんうーんと悩んでいると、大臣のひとりがやってきてこう言いました。「ぜひとも王様のお目にかかりたいという、異国の商人がおります」。「なんだ、今はそれどころじゃない、あとにしてくれ」王様がすげなく答えると、大臣は困ったような顔で「それが、その商人が申すには、野球好きの王様にぜひとも見せたいものがあると」。

いつもいつも投げている、あの中継ぎを助けたい

 野球と聞いては黙っていられない王様、すぐにその異国の商人を呼び寄せました。「王様が今お考えのことを当ててみせましょう。連投多投を強いられている中継ぎ投手をなんとか助けられないものか、そうでしょう?」。王様はびっくりして玉座から滑り落ちました。「私にいい考えがございます」異国の商人は太い眉をじろっと動かして、王様に言いました。「簡単ですよ、投げさせないように、中継ぎ投手を隠してしまえばいいのです」