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多くの“弟子”が「ヒマワリ学生運動」を主導した

 その台湾独立の気運が最高潮に達したのは、2014年春に巻き起こった民主化運動「太陽花学運(ヒマワリ学生運動)」だった。

 中国との経済緊密化を図る国民党と馬英九総統(当時)は2013年、中台間でサービス業の市場開放を促す協定に調印する。だが台湾では「交渉過程が不透明」「台湾経済が中国に呑まれてしまうだけ」などと反対する声が高まり、協定を批准しようとする政府の動きに学生たちが激しく反発。立法院(国会)の議場を占拠し、協定批准の審議を「中止」に追い込んだ。

 ヒマワリ学生運動の成功は、同年末の統一地方選挙で国民党が大敗し、2016年に国民党から民進党への政権交代が実現する大きな原動力となった。同時に、香港で民主的な首長選挙の実現を目指した民主化運動「雨傘革命」にも影響を与える。

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ヒマワリ学生運動の若者たちを激励する史明(2014年) ©中央通訊社

 なによりヒマワリ学生運動を主導した学生リーダーたちは、その多くが勉強会などを通じて史明の謦咳に接した弟子ともいうべき存在だった。

 95歳の史明がヒマワリ学生運動の現場に何度も出向いては学生たちを叱咤激励し、大量のフライドチキンを差し入れる姿は、テレビやインターネットを通じて繰り返し報じられ、「生ける伝説・史明」の存在を強烈に印象付けた。日本で40年以上、雌伏していた史明は若者たちにとって「歴史上の遠い存在」で、「まさか生きていたとは!」と驚いた者が少なくなかったからだ。

蔡英文に請われ「総統府資政」に

 台湾初の女性の国家元首となった蔡英文(ツァイ・インウェン)総統は、日ごろから史明を「精神的支柱」と言って慕い、絶大な信頼を寄せる。史明は、蔡が2012年の総統選に失敗したあとも「学者然、官僚然とした冷たさを捨てて、もっと大衆の中に入っていきなさい」などと助言を惜しまず、今も「台湾を率いていく最適なリーダーだ」と話す。蔡英文は総統に就任すると、直ちに史明を国政のオブザーバー「総統府資政」に任命、事あるごとに意見交換する間柄だ。

 2016年1月16日夜、総統選の勝利演説で蔡英文はわざわざ史明に言及した。

「選挙戦最終日の決起集会に、98歳の史明おじさんが雨に濡れながら私を励ましに来てくれた。総統となったからには志を抱き、決断力を持ち、強靭でなければならないと言って。だから私は今、史明おじさんに申し上げたい。台湾がいかなる困難に直面しようとも、蔡英文は必ず強靭であり続けると。台湾の人たちと雄々しく立ち向かうと」

最後の講演を終えた史明を観客が取り囲み、記念撮影。大役を終えた老革命家にも笑みが浮かぶ(2019年6月) ©田中淳

◆◆◆

 今年7月15日、ヒマワリ学生運動のリーダーグループを率いた林飛帆(リン・フェイファン)が、民進党の副秘書長(事務局次長)として正式に政界入りした。蔡英文は100歳の史明、31歳の林飛帆らをブレインに従え、来年1月の総統選で再選を目指す。同じ15日、最大野党の国民党は総統選候補者として、中国との経済強化を旗印に掲げる高雄市長、韓国瑜(ハン・グオユィ)を擁立する方針を固めた。大衆の心をつかむ術に長けた韓国瑜は、蔡英文にとって決して楽な相手ではないだろう。

「蔡英文の再選は、台湾独立に向けた最後のチャンス。逃せば2度目はない」。史明は期待感と焦燥感を織り交ぜながら、選挙戦の行方を見守り続ける構えだ。

INFORMATION

今、なぜ台湾の若者たちは老革命家に魅せられるのか──史明の講演に密着したNHKは、若者たちの証言から100歳の革命家を浮き彫りにする。

NHK BS1『国際報道2019』7月17日(水)22:00
https://tver.jp/episode/60501128