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足で探した昭和レトロな22軒 看板猫の取材は人間の都合お構いなし

『吾輩は看板猫である』 (梅津有希子 著)

2011/02/20

source : 本の話 2011年3月号

genre : エンタメ, 読書, ライフスタイル

note

「看板猫」とは、看板娘の猫版。つまり、店番をしている猫のこと。とはいっても、大抵の場合は寝ているのが仕事だが。

 本書を作ることになったきっかけは、女性誌『CREA』ムックの『CREA Due cat(No.3)』で担当した「街の『看板ネコ』を訪ねて」という企画が好評だったこと。本誌を持って店番中の猫を見に読者が訪れたり、テレビの情報番組でも取り上げられるなど反響が大きく、「追加取材して書籍化しませんか」と担当編集者より連絡をいただいたのだ。

足で探した看板猫

 

 さっそく看板猫探しが始まった。編集部のブログで募集したり、ツイッターで聞いてみたり、片っぱしから知人にあたったり。「あの店にいるらしい」と情報をもらったら、必ず自分の足で一度見に行く。情報が古くて、既に猫が亡くなっていることも少なくないからだ。

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「いたんだけど、半年前に死んじゃってねぇ……」

「そういえば去年から姿を見せなくなったなぁ」

 後者の場合はノラ猫や地域猫が毎日店に遊びに来ていたというケース。どちらも珍しくはなく、「あぁ、今日も見つからなかった」と何度落胆したことか。でも、落ち込んでいる暇はないので、作戦変更。地道に足で探す、聞き込み調査を増やすことにした。

 聞き込み調査といえば警察だ、ということでまずは交番に聞きに行った。今思えば何で交番に……という気もするのだが、当時はあまりにも猫が見つからなくて気弱になっていたこともあり、思いついたら即行動するようにしていたのだ。

「すみません、この辺で猫が店番している店を知りませんか」(「看板猫」と言っても通じないのでこのように聞く)

「店番している猫? 見たことないねぇ」

 終了、である。お巡りさんは毎日パトロールをしているから、いろんなお店の事情に詳しいと思っていたのだが、さすがに猫のことまでは把握していないようだ。まぁ当然だ。

 次は、商店街に聞き込みに行くことにした。ポイントは、商店街で古くから続いている店の主に聞くこと。警察と違ってこちらは各店舗の事情を把握しているのでは、と考えたのだ。さっそく見るからに年季の入った「理容ノグチ」に入り、「あのふとん店にいるよ」と教えてもらったのが、「林ふとん店」のみゃーだ。みゃーを見に行くと「斜め向かいの電器店にもいるよ」と紹介してくれたのが「光和家電」のまり。「信号の手前の薬局にもいるわよ」と電器店の店主に教えてもらったのが「フヂヤ薬局」のメイ。という具合に芋づる式に見つかる日もあり、「看板猫で『テレフォンショッキング』が出来るのでは」と思うほどだったが、こうも順調にいったのは高円寺のルック商店街だけ。

「一業種一店舗」とルールを作り、さらに「写真映えするかどうか」というのも譲れないため、ハードルはどんどん高くなっていった。というか、自分で高くしていったような気もするが……。

「昭和レトロな店」にしぼった訳

 

 いろんな人の協力もあり、取材候補リストはどんどん充実して五十軒以上にもなったが、下見に行くうちに「テーマをしぼったほうがよいのでは」ということになった。そこで、改めてリストや下見時に撮った写真を見ていくうちに、やたらと「昭和レトロな店」が多いことに気が付いた。「昭和レトロな店」とは、銭湯や駄菓子店など、家族で経営しているような、昔ながらの店のこと。店と自宅が隣接していることも多く、猫は家と店を自由に行き来するので、くつろいでいる「素の表情」が撮れるのではないだろうか。そこで、今どきのおしゃれなカフェやギャラリーなどではなく、テーマをこの「昭和レトロな店」一本にしぼることに決めたのだ。

撮影は「猫時間」で動く

 

 取材交渉も順調に進み、ようやく撮影が始まった。「近場だから」と一時間刻みで一日に五軒入れたこともあったが、とんでもなかった。相手は猫。そううまくいくものではない。

 私は日頃から犬の取材・撮影も多いのだが、「待て」「おすわり」が出来る犬の撮影は、さほど苦労することもなくスムーズに終わる。うっかりその感覚でいたものだから大失敗。「理容ノグチ」の店主に「九時半に来てね」と言われ、約束通り九時半に到着したものの、看板猫の全次郎の姿はない。

「今までいたのに勝手口から出ていっちゃったみたい」

 出て行かないよう見張っておいてくれるはずだったのに……、と言ったところで無駄である。なぜなら相手は自由気ままな猫だから。