1ページ目から読む
2/2ページ目

変わらぬものへの郷愁

 心の琴線に触れる真情が阪神に潜む。アメリカの野球映画『フィールド・オブ・ドリームス』で作家テレンス・マン(原作ではJ・D・サリンジャー)が主人公の農場主レイに語りかける。「長い年月、変わらなかったのは野球だけだ。アメリカはばく進するスチームローラーだ。すべてが崩れ、再建され、また崩れる。だが野球はその中で踏みこたえた」。変わらぬものへの郷愁がある。

 同じことが阪神に言える。阪神ファンではないが、作詞家・松本隆は生まれ育った東京を離れ、神戸で暮らす。『三田評論』2018年2月号で「東京の最大の欠点は“残す”文化がないことです」と語っている。「全部壊す。壊して発展を繰り返して、そのたびに利権が血肉を得て、怪物のようになっていく」。

 先の大谷も〈高度成長の中、みんな大都会に憧れて出て行った。振り返れば、故郷もあの懐かしい故郷の姿ではない。列島は大改造された。山は削られ、田んぼは消え、ミニ東京と化してしまった〉。そんな日本に阪神があった。〈みんな、心を寄せるべき場所をなくしてしまった。(中略)そういう人びとの心の故郷に、阪神タイガースがなれるのではないか〉。なれる、と書いておきたい。甲子園にはそんな人びとが集まってきている。

ADVERTISEMENT

 阿久が1991年、スポニチで連載した『真情あふれるタイガース改造論』最終回に書いた詩で、甲子園球場にいる雀(スズメ)に思いを代弁させている。〈甲子園の雀が顔を寄せて/春と夏のまつりを語る/秋にもまつりがあればいいと/毎年毎年/思いながら〉。

甲子園球場のスズメ ©内田雅也

 阪神には遂げるべき本懐も、果たすべき使命もある。辛い時、苦しい時は美しかった甲子園球場の初日の出を思う。そして風雪に耐えてきた先人を思っている。

◆ ◆ ◆

※「文春野球コラム ペナントレース2019」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト http://bunshun.jp/articles/13159 でHITボタンを押してください。

HIT!

この記事を応援したい方は上のボールをクリック。詳細はこちらから。