霜降りって本当においしいですか?
最近の霜降りは、脂肪(サシ)の割合がロース平均で50%、中には75%というのも登場するくらいで、それって行き過ぎていると思うんです。
――創業明治13年、浅草雷門そばの老舗すき焼き店「ちんや」社長の住吉史彦さんが、1月15日のブログ「浅草ちんや六代目のすき焼きフルな日々」で爆弾宣言をした。今後同店では霜降り肉を扱うことはやめ、「適サシ肉」だけにするという。高級すき焼き店は最高級のA5ランクの霜降り肉が当たり前といわれている中、なぜやめてしまうのか? 「適サシ肉」とはいったいどんな肉なのか? 住吉社長に詳しく聞いてみたところ、これには長い逡巡があったのだという。
おいしいと感じる肉は脂肪の割合が30%くらい
今、子牛の繁殖農家の後継者不足などで、子牛相場が5割くらい高くなっています。とにかく肉を高く売らないと、産業として生き残れないという状況なんです。だからサシを入れたり、ブランド化したり、県庁が補助金を出したりして高級化路線を突っ走っている。しかも人間は自分の味覚を否定することができる動物なので「こんなに高級なのにおいしいと思わないのは自分の味覚が間違っている」と思って、霜降りこそおいしいと思おうとしている。
じゃあ、そのクラスの肉がうまいかっていうと、脂肪は旨味とは違うんです。脂肪自体は無味無臭。マイルドにはなりますが、旨味は赤身のアミノ酸からくるんで、おいしいと感じる肉は、脂肪の割合が30%くらいなんですよ。
――牛肉の霜降り具合の表現として、一般にはA5ランクが最高級といわれているが、専門家のあいだではABCとか1~5とかではなく、B.M.S.(牛脂肪交雑基準を12ランクで示す)を使うことが多く、A5ランクはだいたいB.M.S.の8から12を指す。
業界の中でも「(B.M.S.の)10とか11はおいしくないよね」みたいな話はよくしています。普段、商売用にいい霜降りを買っている同業者がたまに7とかを買う時があって、「どうしたんですか、珍しいですね」と尋ねると「これは趣味。こういうのが旨いよね」なんていう会話は良くあるんです。
過度の霜降り信仰で、お客さまの意識が、脂肪分が多い肉が高級でおいしいになってしまったんです。「適サシ肉」宣言をしたのは、行き過ぎた脂肪割合をちょっと戻す感じ。戻るにしても、まるっきりの赤身にするのはまた違う。適度のサシが入り、脂肪の融点が低く(30カ月まで肥育した和牛メスの脂)、サシの入り方が細かい、いわゆる“いい塩梅(あんばい)の肉”がやはりおいしいということを伝えたかったんです。
もともと当店ではBMS7~8クラス、つまりA4ランクとA5ランクの境目あたりの肉をお出しすることが多かったのを、今回BMS6~7にしぼったんですが、私もこのくらいの肉が一番おいしいと思っています。だから、その肉を脂肪たっぷりの霜降りで差別化するために、あえて「適サシ肉」と呼ぶことにしたんです。
接待需要は失うかもしれませんが
本当のことを言ってしまって、業界の人たちには申し訳ないという気持ちはあります。接待利用や海外からのお客さまには、とにかく「霜降りじゃなきゃだめ」という方がいるので、それはそれでニーズにお応えすれば良いと思います。料理屋として高いお金をいただきたいというのは当然あるので、高級となると霜降りになるのはわかります。
でも、当店のお客さまは浅草という場所柄、ご家族で来店する方が多く、接待利用はほとんどありません。だったらおいしい肉を提供することが一番じゃないですか。そう思って、接待需要は失うかもしれませんが、ずっと考えていたことを宣言することにしたんです。霜降り肉はどうしても胃にもたれますからね。
実は2015年に、当店を訪れるお客さまに投稿いただいたすき焼きにまつわる70近い話をまとめ、『すき焼き思い出ストーリーの本』を刊行したんですが、その投稿には「どこどこの牛が美味しかった」とか「A5は美味しい」とか、産地や等級を書いている方は一人もいらっしゃらなかったんです。
人生の節目となるエピソードですき焼きを食べておいしかったといってくださる方がほとんどで、つまりはおいしい肉をお出しすることが一番ということなんですね。それを読んだことが、「おいしい肉を出そう、霜降りはやめよう」と考え始めたきっかけでした。
適サシ肉宣言を出した当初は不安でしたが、お客さまは「なんだかわからないけど、これはうまいんだからいい」という反応で、気が抜けました(笑)。
当店にはおじいちゃんに連れられてきた人が、今度はお孫さんを連れてというように、5代にわたり通ってくれるお客さまも多くいらっしゃいます。その方たちの思い出に残る、おいしいすき焼きを食べていただくのが私どもの使命ですから、本当においしい肉をこれからもお出ししたいと思っています。
構成=小林純子(フリーライター)
すき焼き ちんや
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