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「MMAファイター」の理想像としてのスーパータイガーを描きたかった

『1984年のUWF』カバーイラスト誕生秘話 前編

タイガーの「説得力のある動き」にぶっとんだ

1960年生まれ、現在56歳の柳澤健さん。

 寺田さんと最初に会ったのは、私の猪木の本が出たくらいだから、2007年あたりでしたっけ?

 いや、もっと前ですね。1990年代半ばに新宿のホテルで、作家の夢枕獏さんを中心に格闘技のマニアックなビデオを見る会があったでしょう。そこでお会いしたことがありましたね。でも、ちゃんとお話ししたのは、2007年のイメージだったでしょうか。

 獏さんには、私がナンバーで格闘技特集やったときにね、最初の巻頭記事書いてもらったんです。ですから93年ですね。格闘技に興味のある人は、みんな獏さんの近くにいたんですよ。

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 獏さん中心にね。太陽系が回っている、みたいな。

 いまラウェイっていうけどむかしはムエ・カッチューアと呼ばれていたなんでもありの素手のムエタイとかね。「おおっ、危ないじゃん」みたいなビデオを見ていました。

 (イゴール)ボブチャンチンがロシアでやっている試合とかね。

1963年生まれ、現在53歳の寺田克也さん。

Y 寺田さんは昔からプロレスや格闘技がお好きだったんですか?

 自分はいま50代ですから、プロレスや格闘技好きの50代がたどる道をたどれば、私がいますよ。つまり、毎週テレビでプロレスやっていた時代です。金曜日の夜は新日本プロレス。やっぱり新日に行きましたから。出身は岡山なんですが、地方のテレビ朝日系の局をつけて。猪木がですねえ、オレが見始めたときは、延髄斬りをし始めていたの。これはずるいんじゃないの? と思って。

Y その感じ、わかります。

T そうしたらタイガーが出てきて、その辺を吹き飛ばすフィジカルがあるわけじゃないですか。で、その「動きに説得力がある」というのが。プロレス関係なくなってその存在がすごい! タイガーマスクはアニメで見ていたから、それとのギャップはどれくらいかな、とか思いながら観てぶっとんだ。まあ、マンガのタイガーは天井まで飛びますが(笑)。

 で、それから「タイガー!タイガー!」になって、毎週タイガーマスク見ていたわけですよね。で、そのタイガーが、栄光を一瞬にしてほうりすてて、格闘技に行くとなったら、もうそのファンは、一緒にいくじゃないですか。ストロングスタイルを謳っていた分、ファンもピュアだから、いやファンのほうがむしろピュアだから、「プロレスを捨てて格闘技にいくんだったら、こっちが本物だろう」みたいな。

後編に続く

柳澤健

ノンフィクション作家。1960年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、メーカー勤務を経て、文藝春秋に入社。編集者として「スポーツ・グラフィック ナンバー」などに在籍し、2003年にフリーライターとなる。07年に処女作『1976年のアントニオ猪木』(文藝春秋)を発表。著書に『1985年のクラッシュ・ギャルズ』(文藝春秋)『1993年の女子プロレス』(双葉社)『日本レスリングの物語』(岩波書店)『1964年のジャイアント馬場』(双葉社)『1974年のサマークリスマス 林美雄とパックインミュージックの時代』(集英社)がある。

 

寺田克也

マンガ家・イラストレーター。1963年岡山県生まれ。マンガ、小説挿絵、ゲーム、アニメのキャラクターデザインなど幅広い分野で活躍中。最近の作品集にアメリカで発売された「DRAGON GIRL & MONKEY KING」(Dark Horse Comics)(日本語版は小学館集英社プロダクション)、「エロメカ」(河出書房新社)などがある。

1984年のUWF

柳澤 健(著)

文藝春秋
2017年1月27日 発売

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