かつて夢を語り合ったADがベンツで現れた
燃え殻 そうだ、じつはこの小説には、大根さんをイメージして書いたところがあるんです。
大根 え、本当に?
燃え殻 情報番組を担当していた同年代のADの人にテロップを持って行ったら、「俺のベッド見てきますか?」と言うから付いていくと、非常階段に寝袋敷いて寝ているんですよ。そこで、将来に夢も希望もない二人が、缶コーヒー片手に朝まで将来の話をするというエピソードで。
――「そのADの男はそれから11年後、連続ドラマを2本続けてヒットさせ、作品は映画化され監督と呼ばれる存在になる」と書かれていた人ですね。これって、大根さんのお仕事でいうと、テレビドラマから映画化された『モテキ』と呼応(もしくはシンクロ)してますね。
大根 完全に俺ですね(笑)。
燃え殻 そう、その人に大根さんを重ねているんです。でも、このエピソードには元になった実体験があって、そのADは後年、実際はドラマではなくて某料理系長寿番組をヒットさせるんですけど。
大根 じゃあ、その人と将来の話をしたのは本当なんだ?
燃え殻 はい。「俺たち、5年後とか10年後どうなるのかな」とか「夢とかさ、そんなの持つヤツって、くだらないよな」みたいなことを言いながら、結局は夢を語り合っていたりして。小説にも書きましたが、その人とは、数年後に六本木の裏通りで偶然再会するんです。彼はディレクターになっていて、ベンツの四駆に乗っていた。
大根 六本木でベンツ! しかもゲレンデ! わかりやすい成功者だ(笑)。
燃え殻 「うわっ!」と思って。なんとなく気が引けて、気付かない振りしてスルーしようとしたんですけど、パッと見たらその人が、ワーッて僕の方に向かって缶コーヒーを振ってくれていた。その光景は今でも鮮明に覚えています。別にその後、何もないんですけど、なんか「生き残ったな」みたいなことを思うわけです。
大根 お互いにね。いい話ですね。
伝えたいことがない僕が小説なんて書いていいのでしょうか?
大根 燃え殻さんが小説を書くようになったきっかけは?
燃え殻 小説家の樋口毅宏さんに、急に三軒茶屋に呼び出されて、そこでいきなり「お前、小説書け」と言われて。でも、とても書けるとは思えなかったので、後日「書いたことないし、書けないです」とお断りのメールを送ったのですが、「いや、書ける」と許してもらえず。そこから「書けない」「書ける」の応酬を延々繰り返し、最終的に「じゃあ、cakesの編集の人にメールを出せ」と言われました。僕の人生にあったことを、定期的に書いて送り続けろというのです。それから半年後くらいに、僕がそれまでに送ったテキストがまとめて送り返されてきました。担当者曰く「これを元に小説を書いてください」と。それがcakesに連載した、うだつの上がらないテレビの美術制作をやっている「ボク」が、不細工な女の子と付き合って、その不細工な女の子にもフラれるという『ボクたちはみんな大人になれなかった』という小説になったわけです。
――自発的に書いたわけではなかったのですね。
燃え殻 はい。かつて、五反田にある映像系ポストプロダクション「IMAGICA」で編集アシスタントのアルバイトしていたことがありまして。その頃は、上からずっと「できないことはない、何でも『できる』と言え」とガンガン言われながら仕事をしてきました。その時の感覚が抜けないのか、小説に関しても「『書け』と言ってくる人がいるんだから、書こう」みたいな、「発注された以上、ちゃんと応えよう」みたいな、その頃と同じノリで引き受けてしまった。もちろん、やるとなったら、仕事と一緒で「じゃあ、こうやったら相手は喜ぶんじゃないか」とかを真面目に考えるのですけれど。そうやって試行錯誤を繰り返していたら、糸井重里さんみたいな方が「この人の小説、面白いな」と言ってくれたりして、今日に至る――と。
大根 なるほど。
燃え殻 で、やっぱり皆さん、僕に小説を書いた理由を尋ねられるんです。さすがに「発注があったから」とは言えなくて、その場で思いついたことを適当に答えてきました。でも、「これって、どうなんだ?」と思うわけです。だって、ものを書く人たちというのは、言いたいことが溢れるようにあって、書かずにはいられないから書くのでしょう?
大根 天から使命を受けたかのように、ね。
燃え殻 小説は「俺の頭にあることを100万人に伝えないと気がすまない!」みたいな人が書くものだと思っていたのに、そんなもの何もない僕が書いていいのだろうか? どうしてもそう思ってしまうんですよ。そして、そんな状態なのに、今度はその小説を出版するという話も進んでいて……。
大根 なるほど、人生相談っぽくなってきたね(笑)。