奇しくも90年代に同じテレビ業界で仕事をしていた大根仁監督と燃え殻さん。燃え殻さんからの「人生相談」に大根監督は若きAD時代の思い出を交えて話してくれました。「根拠のない自信」「最初に評価してくれた人」――人生のヒントが次々と語られます。
寝てると屈強な黒人が僕のSwatchを……
大根 燃え殻さんの小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』に登場する、非常階段に寝袋敷いて寝泊まりしてる若いADのモデルが俺だそうですけど(第1回参照)、確かに、置かれていた環境がすごく似ているかもしれない。20代前半は秋元康さんの「SOLD-OUT」という制作会社にいて、本当に地獄のようなAD生活を送っていたから。4ヶ月家に帰れないとかザラで、久しぶりに帰ったら電気、ガス、水道、全部止まってて、しょうがないからまた事務所に帰る――そんな毎日でした(苦笑)。
――その頃は、どんな番組を担当されていたのですか。
大根 会社自体はいろんな番組をやっていて、俺は3人くらいのディレクターに付いていたのですが、深夜の情報番組をやってる人もいれば、ライブの演出やっている人もいて、師匠の堤幸彦はPVを撮っていましたね。事務所は、泊まるADが多くなると寝る場所がなくなってしまうので、そんな時は、近くの「麻布スタジオ」に行って、ロビーのソファーで寝てました。でも、他の制作会社のADに占領されている日もあったので、小説のADみたいに、仕方なく非常階段で寝たりしたこともありました。
燃え殻 僕の会社は、六本木「ヴェルファーレ」の近くにあり、夜中の2、3時に終わって翌日は9時始業、しかも家が横浜だから全然帰れない。あの頃はネットカフェもなかったから、夜中にやってる所がほとんどないんですよね。お金もないから、だいたいマクドナルドの2階に行くんですけど、当時はすっごい怖い黒人が――ボブ・サップみたいな屈強な男がいっぱいいて。Swatchの安い時計しかしてないのに、寝てるとヤツら、それを盗もうとするんですよ。殴られたりしたらイヤだから、外しやすいように腕の角度変えてみたりして。でも、振り返ると、夢も何もありませんでしたけど、何もなさすぎて、むしろちょっと面白かったですよね。シンプルだったから、あれはあれでけっこうよかった。
大根 言われたことをやるだけ、っていうね。
燃え殻 今は会社ももう少し人が増えて、人間関係も仕事自体も複雑になって、「じゃあ、それをやる意味は?」とか「どういう順番でやる?」みたいなことも考えなければならなくなりました。でもあの頃って、とにかく来た仕事をやる、やって届けるみたいな話しかなくて。欲望の在り方もシンプルでしたよね。「海外行きたい」「いろんな人と付き合いたい」「金持ちになりたい」「A BATHING APEの服欲しい」とか、そんな愚直な感じ(笑)。今振り返ると、けっこう面白かったし、なんのかんので尊い時間だったなぁと思います。
若いころから「根拠のない自信」みたいなものはあったんですよね
大根 燃え殻さんのお悩み「自分みたいな人間が小説書いたり、何か表現とかしていいのだろうか」に話を戻すけど、すでに言ったように、俺もすごくよくわかるんですよ。でも一方で、もういい歳だし、それなりにキャリアも積んできている。それなのに、いつまでも「いやいや、俺なんて大した才能もないです」と言ってるのも、逆にちょっと寒いよな、とも思っていて。だから最近は、「ごめん、俺なんか持ってたわ」と言うようにしています(笑)。
燃え殻 そりゃ、そうですよ。
大根 でも思い返してみたら、若い頃から「根拠のない自信」みたいなものはあったんですよね。先輩ディレクターとかに対しても「今は経験や年齢の都合で、この人がディレクターで俺はADだけど、何年かしたら絶対こいつより上に行ってるはず」と内心では思ってたし(笑)。「こいつは3年先の俺、こいつは5年先」と、将来の自分を具体的にイメージしたりしてね。堤は、けっこう昔からスターディレクターだったので「あそこまで行くには20年くらいかかるな」とか(笑)。
燃え殻 堤さんは、やはり別格だったんですね。僕も、じつは根拠のない自信はあったんですよ。あったんですけど、それを発揮することのできないくらい上から叩かれていました。休みもないから疲れ切っていて、もはや考えることもできない……。
大根 「根拠のない自信」って、つまり「センス」のことだと思うんです。「こいつより俺の聴いてる音楽の方がカッコいい」とか、「俺の方が面白いマンガ知ってるぜ」とか。自分で作品を作ったり、表現することはまだできていないけど「自分が持っているセンスは、絶対こいつに負けない」みたいなことは、たぶん燃え殻さんも思ってたでしょ?
燃え殻 まさに! そういう意味です。
大根 先輩ディレクターたちはもとより、それに関しては堤に対しても思っていました。「ダッセぇカセットテープばっかだな、この車の中」って(笑)。