すごい人も実際会うと、普通の人間
燃え殻 僕にとっては、糸井重里さんに見つけてもらったというのが、自分のなかの「根拠のない自信」の裏打ちになった気がします。糸井さんにツイッターで「面白い」と言っていただいたことで「俺のこれまでの人生、間違ってなかったかもしれない」とようやく思えた。すごくホッとしたことを憶えています。
大根 俺は32、3歳の頃に深夜ドラマの脚本を書くようになって、自分なりに、だんだんピンと来るものが作れるようになっていきました。でも、世間的にはそんなに認められてはいなくて、「マニアックな作品の作り手」に留まっていた期間が8年くらい続いて。結婚もしていたし、「このまま40代に突入するのはちょっとキツイな」という気持ちが正直あった。で、2010年、42歳の年に、初めてヒットを意識して作ったのがドラマの『モテキ』だったんです。これはもう「絶対当てる!」という気持ちで臨みました。
燃え殻 そんな意識的にやられたのですね。
大根 これまで培ってきたノウハウとテクニックとセンスを……それこそ10代の時から貯め込んできたセンスを全部ここでぶちまけてやる! という意気込みで。ありがたいことに、それなりに評判もよかった。で、ドラマの『モテキ』も一番最初に食いついてくれた有名人は、やっぱり糸井さんでした。
燃え殻 本当ですか! 糸井さん、すごいなぁ。
大根 やはり最初はツイッターでしたね。それで、映画になる時は宣伝も買って出てくれて。糸井さんに褒められたことで、俺も相当肩の荷が下りたところがあります。10代で最も影響を受けたのが雑誌の「宝島」で、たぶんそれって「=セゾンカルチャー」であり、その中心にいたのが糸井さんだったから。
一方で、俺は燃え殻さんよりもうちょっとひねくれていて、性格も悪いので(笑)、若い頃にリスペクトしていた人たちに会えたり褒めてもらえるのは嬉しいんだけど、神格化し過ぎて、過剰に「ありがたや~!」とはならないようにしています。というのも、実際会うと意外とみんな普通……と言うと失礼かもしれないけど、やっぱり「人間」なんですよね。
燃え殻 すごい人だけど、会うと「あ、普通の人だ」と思う感じはわかります。まあ、そりゃそうですよ、にんげんだもの。
大根 それに、本当にすごい人は「俺すごい」みたいな振る舞いはしませんから。そんな「自称大物」な人に、そもそも惹かれたりしませんよ、少なくとも俺は。糸井さんもそうだと思うけど、素晴らしい人たちは、おしなべて謙虚なものです。だからさ、やっぱ長渕剛とか尊敬はできないわけ。「俺すごい」な人って、側から見ていると存在がギャグだもん。それはそれで面白いけど、リスペクトはしませんよ(笑)。
燃え殻 糸井さん、自分のことを「俺、流行とかに鈍いんだよね」とおっしゃっていて。こっちはそうじゃないことを昔から知っているだけに「えっ?」と思うんですけど。
――むしろ「ミスター流行」みたいな存在なのに。
燃え殻 「俺、鈍いから、センスがあるヤツでも、2回くらい『センスあるな』と思わないと褒めないよ」って。それを聞いて、褒められた僕は「倍嬉しいな」と思いました(笑)。
大根 糸井さんってほんと褒め上手だなー。
大根仁 おおねひとし 1968年生まれ。東京都出身。ADとしてキャリアをスタートさせ、2010年、ドラマ『モテキ』(テレビ東京系)でブレイク。その後、11年に映画『モテキ』、15年『バクマン。』、16年『SCOOP!』とヒット作を連発。次回作『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』は、17年9月に公開予定。
燃え殻 もえがら 1973年生まれ。テレビ美術制作会社で企画、人事担当。新規事業部立ち上げの際に、日報代わりに始めたTwitterが、現在フォロワー数8万人を超えるアカウントになる。cakesで連載した『ボクたちはみんな大人になれなかった』が単行本として刊行予定。
写真=鈴木七絵/文藝春秋