フリッパーズ・ギターで世界はひっくり返る……はずだった
燃え殻 僕は働く前に広告の専門学校に通っていたのですが、最初の授業の日に教室入った瞬間「ここにいるヤツら全員、社会の負け組だ」と思っちゃったんです。ダサいな、って。そして「ちょっと待て、ということは俺もそのダメなヤツらの一員なのか?」「いや、違う!」みたいな自己問答があった。つまり、自分のことはダメなヤツだと思えなかったんです。でも、課題で「コピーを書け」と言われて提出したら、僕のははねられたんですよね。一方で、自分がイケてないと思ってたヤツらのは選ばれていて「俺、ここでもダメなんだ」と、すごくショックだった。
大根 挫折があったんだ。
燃え殻 でも、根拠のない自信があったから、ショックではあったけど「俺、まだ世の中と合わねぇのかな」と解釈していました。その考えを裏打ちしていたのが「フリッパーズ・ギター」です。当時、彼らは『ヘッド博士の世界塔』という素晴らしいアルバムを発表していて、僕は「こんなスゴイものが出たら、世の中引っくり返っちゃうよ。危険すぎない?」と本気で思っていた。でも、なぜか世の中はまったく引っくり返る様子がないんですよね。で、みんなが喜んで聴いているのは布袋寅泰とか、彼が吉川晃司とやっていた「COMPLEX」とかで。だから「俺は早すぎるのかもしれない」と勝手に自己肯定して、「俺という人間は、まだ始まってすらいない」と思っていました。そう思い込まないと、生きていけなかったのでしょうね。
大根 燃え殻さんが、そんなふうにくすぶっていた4年くらい前に、たぶん俺も同じような経験をしていて(笑)。当時、映像系の専門学校に行ってたんですけど、最初の日に教室のメンツを一瞥した瞬間「はい、俺が一番センスがいい!」と思いましたもの(笑)。「こいつら全員ダメ! 友達にならない」って。
燃え殻 まったく一緒だ。
大根 フリッパーズといえば、AD時代に付いていたセンスのないディレクターのところに、レコード会社からのサンプル版テープがいっぱい届いていたんです。どうせ聴きもしないから、いつもゴッソリかっぱらってきてて。そのなかにフリッパーズの「FRIENDS AGAIN」のカセットがあった。それ聴いた時に、燃え殻さんと同じように「世の中変わっちゃうんじゃない? 大丈夫?」と思いました(笑)。
燃え殻 しかし、世の中は微動だにしなかった。
――俺が最高と思っているものは、どうも世の中の主流ではないらしい。その事実を突きつけられて、敗北感みたいなものは感じました? それとも「ふざけんな!」と反発しました?
燃え殻 「今、俺はモテないけど、いつか……お前ら何もわかっていないし、永遠にわからないだろう……そりゃ、今はモテないかもしれないけど……」みたいな呪詛を、心のなかで延々と吐き続けていましたね。まあ結局、僕の時代は来ないんですけど(苦笑)。
根拠のない自信があるから何かを呼び寄せる
――大根監督は、専門学校で「まわりのヤツら、ぜんぜんダメ!」と思ったあと、どうなったんですか?
大根 友達も作らず2年間過ごして、最後に卒業制作で1本、プロモーションビデオ的なものを作ったんです。エレファントカシマシの「優しい川」という歌で。
燃え殻 いい曲ですよねぇ。
大根 その映像は今見ると超幼稚で稚拙なものなんだけど、それを学校のコンテスト的なものに出したら、審査員で来ていた堤の目にとまって「この作品は別になんてことないけど、何か引っかかるものがある」と、その場で「堤賞」というのをこしらえてくれたんです。その賞品というのが、当時、堤が仕事をしていたニューヨークに来ていいよ、というもので。
燃え殻 招待してくれたんですね。
大根 招待じゃないよ、「飛行機代は出さないけど、来たら世話するよ」という、ご優待。要するに「来たら、部屋に住まわせてやる」という賞。ちょっとケチくさいけど(笑)、それがたぶん、自分が人に認められた初めての経験で、19歳の時かな。それから学校卒業するまで3ヶ月間、コンビニ弁当の工場でおしんこ詰めるバイトとかしてお金貯めて、ニューヨークに遊びに行ったんです。
燃え殻 向こうでは何をして過ごしたんですか? 堤さんと一緒に行動されたんですか。
大根 いや、堤は放っておいてくれたんですよ。「仕事を手伝え」とかも何もなかった。たぶん、使い物にならないと思われてたんでしょうね(笑)。だから、3ヶ月くらい住まわせてもらったけど、マンハッタンをずっとウロウロしてただけです。
燃え殻 へぇ。
大根 そんなある日、「お金も尽きてきたから、そろそろ帰らなきゃ。どうしようかな。どうなるのかな俺」って思いながら、ワシントン・スクエアのベンチでボーっとしながらホットドッグ食べてたら、前から金髪のヒョロッとした日本人の兄ちゃんが歩いてきて。「あれ?どこかで見たことあるな」と思ったら、なんと「THE BLUE HEARTS」の甲本ヒロトだったの。
燃え殻 えぇ!?
大根 俺のこと、同じ日本人だと思ったからか、近くに来てくれて、なんかニコッと笑ってくれて、また歩いて去っていった。金髪だったから、「TRAIN-TRAIN」の頃かな。で、その時に「なんか俺、大丈夫かもしれない」と思えたんですよ。
燃え殻 いい話だなぁ。やっぱり、根拠のない自信とかって重要なのかもしれないですね。
大根 それがあるから何かを呼び寄せる――そういうのはあるかもしれないですね。