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「なにやっとんやぁ!」

 叫んだと同時に太田さんは自分の頬を2度叩いた。

「プロ野球やないんです。懸命のプレーに対して今のは駄目、彼の御両親にも失礼。反省ですっ。すみません!」

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 ラジオでは見た事もない太田幸司とたくさん出会う。粘りの力投を見せていた仲村渠投手に待望の1点がプレゼントされた。そして9回ツーアウト、京都翔英のバッターが打った打球がセンターに上がった。

太田氏「よっしゃ、桑原! 兄貴より守備うまいんやぞぉー!(兄はDeNAベイスターズの桑原将志)」

 見事にキャッチしゲームセット。太田さんの顔も緩む。突然後輩の方の携帯が鳴った。

「もしもし、今は仕事中や! えっ、テレビに映ってる!? ごめんなさーい。」

 嫁からの電話、どうやら仕事に行くと言って家を出たらしい(笑)。勝利の瞬間テレビは太田幸司をぬかない訳がない。

 そしてここまで来たら決勝戦を見ないわけにはいかない。次の日も来ますと約束した。

昨日と少し雰囲気が違った太田氏

 翌日の決勝の相手は鳥羽、準決勝を8―1の大勝で勢いに乗る。この日は三塁側。スタンドにはまた保護者達から少し離れた外野の手前、太田さんと後輩の方がいる。そして太田さんの周りには数人の新聞記者が囲んでいた。昨日から保護者席を少し離れての観戦理由がこういう事だと知る。スーパースターが一番気を使っていたのだ。

女性記者「では、試合後もここにいますか?」

太田氏「そんなもん、わからんよ」

女性記者「では可能ならご連絡先教えていただけないでしょうか?」

太田氏「それは逆ナンか?(笑)」

 昨日と少し雰囲気が違う。ここまできたら、と腹がすわっている。

かみじょう「おはようございます」

太田氏「連日、ありがとうございます!」

 それ以上は何も言えなかった。試合はランナーは出すも要所をエース仲村渠投手が抑え、中盤に先制すると追加点、8回にはダメ押しの1点が入り、終わってみれば5―0の完勝、仲村渠は2試合連続の完封勝利で甲子園を決めた。ふと見ると大きな身体を揺らし声を出し涙する太田幸司さんがいた。声をかけようとした瞬間、

「かみじょうさん、ありがとう。ありがとう、ありがとうございました!」

 アバラが折れるくらい抱きしめられた。

 自分でも野暮な事を聞いたと思う。

「44年前の夏の喜びとはまた違いますか?」

「10000倍今のほうが嬉しいですわっ」

 語りつがれる名勝負をはるかに超える試合は高校野球ファンそれぞれの心にあるのかもしれない。太田幸司氏と過ごした夏は僕にその事を教えてくれた。

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