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我が母校、大分・藤蔭高校率いる監督1年目の26歳“竹下君”の手腕

文春野球甲子園 2019

2019/08/07

※「文春野球甲子園2019」開催中。文春野球のレギュラー執筆者、プロの野球ライター、公募で選ばれた書き手が、高校野球にまつわるコラムで争います。おもしろいと思ったら文末のHITボタンを押してください。

【出場者プロフィール】上杉あずさ(うえすぎ・あずさ) 大分県代表 ワタナベエンターテインメント所属タレント。福岡県うきは市出身。ホークス応援番組のリポーターやラジオパーソナリティを務める。自らも大好きなホークスや高校野球に感化され、3年前に野球を始める。昨夏ヤフオクドームのセレモニアルピッチで球速100キロをマーク! 最速は104キロ。

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 我が母校・藤蔭高校が2年連続夏の甲子園出場を決めました!

私も応援に駆け付けた大分大会決勝@別大興産スタジアム ©上杉あずさ

 7月28日、大分大会決勝。相手は優勝候補の大本命とも言われた明豊を準決勝で破り、勢いに乗っていた大分商でした。互いにノーシードとはいえ、大分商は夏の甲子園出場回数も県内最多の名門校。それでも、自分たちのリズムで投打ともに持ち味を発揮した藤蔭が5―1で勝利! 見事、大分大会初連覇を果たしました。

 こんな夢のような喜びをくれた後輩君たちに“おめでとーいん! ありがとーいん!” 感謝の気持ちでいっぱいです。

大分大会優勝 ©上杉あずさ

 昨年は28年ぶりに大分大会を制し、2度目の夏の甲子園出場。甲子園ではまさかの開幕戦のくじを引き当て、強豪・星稜高校と対戦。その試合前には星稜OBの松井秀喜さんが始球式を務めました。全校生徒数も藤蔭より4倍以上多い星稜スタンドの大応援団にも圧倒され、開幕戦の独特な緊張感もある中、難しい戦いになるのではないかと心配でした。しかし、藤蔭ナインはのびのびとプレーしていました。最大8点のリードを奪われながらも粘り強く戦い、9―4と素晴らしい戦いを見せました。初の初戦突破とはなりませんでしたが、たくさんの人に希望を与えてくれました。

 私は、残念ながら現地で応援することができなかったのですが、日田市にある藤蔭高校の事務室のテレビで、お留守番を任されていた森平教頭(3年間私の担任)と事務の先生方と一緒に応援していました。試合が終わるとすぐ、日田市民の方から「お疲れ様」、「感動したよ」などと労いの電話がかかってきていました。

森平教頭と藤蔭高校で観戦した昨夏 ©上杉あずさ

 私立高校とはいえ、全校生徒数380名(今年は350名)の田舎の小さな学校です。卒業して10年も経つ私が気軽に事務室に顔を出して観戦できるのもそうですが、生徒と先生との距離感が近い我が母校。森平先生は、未だに突然電話しても「なんや?」とさっきまで同じ教室にいたかのようなテンションで応答してくれます。もう10年も経つのに……(笑)。そんなアットホームさから日田市民の方々も藤蔭生を身近に感じて下さっているのかなと思い、嬉しくなりました。

初采配で甲子園出場を掴んだ26歳監督

 また、今回の甲子園出場のスゴイところは、2年連続とはいってもレギュラーメンバーも代わり、監督も代わり、ノーシードからだったにも関わらず6試合中3試合でコールド勝利。1試合平均7得点以上の強力打線。頼もしい戦いぶりでした。また、6試合中5試合を継投で勝ち抜く投手力も素晴らしかったのですが、その投手陣の積極采配で継投策を実らせてきた竹下監督の手腕も素晴らしかった! 「え? そこで代えるの?」とアッと驚くような投手交代もありました。先発が好投しながらも、迷わず2番手投手を投入するなど勇気ある采配が光り、今年も藤蔭野球に魅了されていきました。

 アッと驚くのは投手起用だけではありません。監督業は経験がものをいうようにも感じますが、竹下大雅監督はなんと26歳! 監督就任1年目! 今年2月に部長から監督に就任し、夏初采配でいきなり甲子園出場という最高の結果を出したのです。

 もちろん、前任の原秀登監督が築き上げてきたものも大きいですし、選手の頑張りも当然ある中ではありますが、前年優勝のプレッシャーに負けず、怖れることなく攻めの野球で指揮を執る姿に感激しました。

 また、竹下監督、もとい竹下君は私の弟の同級生でもあるのです。うちの実家に遊びに来たこともあり、「“目がくりっとした可愛い子だった”息子の友達が、監督として娘の母校を甲子園に導くなんて……」とうちの母も感激&大喜びでした。

 竹下君と弟は、近畿大学産業理工学部硬式野球部の同期で共に汗を流してきました。そして、互いに高校野球の指導に当たるのが当時からの夢だったといいます。うちの弟は現在、山口県の高校で野球部の部長として勉強勉強の日々を送っています。一方で、竹下君は昨年、藤蔭高校で同じく部長として高校野球に携わってきましたが、今年から急遽監督に。2人は時々連絡を取り合い、夏の大会が終わったら練習試合をしようという約束もしていたそうですが、藤蔭は夢の舞台へ。多くのプレッシャーがある中でも、たくましく指揮を執る旧友の姿に弟も刺激を受けていました。

弟提供、近畿大学産業理工学部硬式野球部時代の写真 ©上杉あずさ

 また、竹下君は佐賀学園高校時代にも甲子園に出場しています。選手として、部長として、今度は監督としての悲願です! 昨夏は部長として甲子園出場を果たしますが、まさかのベンチ入りならず!

「部長なのになぜ?」と思ってしまいますが、その背景には藤蔭高校の熱狂的“野球バカ”の存在がありました。