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うつ病の人はド派手な色を選ぶ?――「真っ赤なリュック」と「グリーンの車」を買った理由――2019上半期BEST5

小説家・貴志祐介×漫画家・田中圭一 『うつヌケ』対談#1

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本が読めない、映画が入ってこない……

貴志 うつの症状はどんなものがあるのでしょう。

田中 私の場合は、まず全然活字が頭に入ってこなくなったんです。

貴志 私の感覚だと、活字を読むというのは一番心が落ち着きます。むしろ映像などの方がノイズが多くて疲労感を感じたりしそうですが……。

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田中 ちょっと説明が難しいんですが、100メートルを全力疾走してぜぇぜぇ肩で息をしているときにポンと本を渡されたら、たぶん多くの人がまったく頭に入らないと思うんですね。その状態が一日中続く感じです。当時の会社では、別会社を作ったら僕を社長に据えようという計画がありました。それで経理の勉強もするようにと何冊も本を渡されてしまって。「経営的視点を身に付けろ」ということなんでしょうけど、それが全然頭に入ってこない。せめて通勤電車の中で見開き2ページだけは読もうと思っても、進まないんですね。何て俺はダメな奴なんだと自己嫌悪になってさらに気分が落ち込むんです。

貴志 会社員時代は、朝刊が読めなくなったら精神的に危ないかもしれないぞ、ということが言われていました。世間に興味がなくなるのが危険信号かなと解釈しているのですが、そのあたりはどうですか?

田中 まさにそんな感じです。活字が頭に入らないとはいってもネットは見ていましたから。当時ミクシィが流行っていて、ずっと貼りついて見ていました。心療内科に通ってからは、病院や抗うつ剤の評判を2ちゃんねるで見ていました。活字が読めないといっても、全部が読めないわけでなく、興味の間口が極端に狭くなる感じです。

貴志 活字以外の漫画や映画はどうでしたか?

田中 よっぽど自分が好きなもの以外は見られなかったですね。ちょっとでも面白くないと思ったら、全然頭が受け付けないんです。エンドロールが流れたときにストーリーを覚えていないくらい(笑)。

 

真っ赤なリュックを買った理由とは?

貴志 色彩が感じられなくなっていく、ということを本で読んだことがあります。

田中 実際に色があせて見えるわけではありませんが、「空が青いな」とか「夕焼けのオレンジ色がきれいだな」とか、色彩で呼び起こされる感情の力が弱くなるんですね。だからだと思うんですが、当時はド派手な色のものばかり買っていました。

貴志 田中さんが実際に買ったものは何ですか。

田中 大きな買い物ですと、メタリックグリーンの日本車、マツダのデミオです。

貴志 なぜその色を選んだんですか?

田中 本来ですと白とかシルバーなシックの色の車が好みですが、そうするとショッピングモールの広い駐車場で見つけるのが大変じゃないですか。でもメタリックグリーンなら一発で駐車した場所がわかる。

貴志 車を探すエネルギーも使いたくないくらい、心が弱っていたんでしょうね。

田中 そうなんです。あとは真っ赤なリュックも買いましたね。うつの症状の一つで注意力が落ちるので、よく電車の網棚に忘れ物をしていた。電話で問い合わせるときに、「灰色に黄色いラインが……」などと言うのが面倒くさいので、色を即答できるように真っ赤にしました。