躁うつ病(双極性障害)を患い、大学を休職、ついには離職に至った與那覇潤さん。このたび『知性は死なない――平成の鬱をこえて』を上梓し、詳細に体験を著しました。本書の第2章より、「『うつ』に関する10の誤解」を5回シリーズで公開します。
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自分が「将来うつ病になるかもしれない」と、あらかじめ予想して人生を生きている人は、あまり多くないと思います。労働環境の激変などで「このままだと、うつになるんじゃないか」と感じることなら、不幸にしてあるかもしれませんが、そこまで心理的に追い込まれた状態だと、病気についてしっかり調べて対策をとるのは、なかなかむずかしいでしょう。
私自身がそうだったように、結果として多くの人は症状が重篤(じゅうとく)になってから、インターネット等の身近な媒体で、病気について検索することになります。しかし、そういった場所でえられる知識は往々にして不正確なうえに、むしろ偏見や差別につながるものさえあります。じっさいにそれを鵜呑(うのみ)にした人びとによって、患者の治療方針がミスリードされたり、人格的に攻撃されることもあります。
この章では、なかでも多くの人がおちいりがちだと思われる、10種類の「うつに関して広く流布しているが、正しくない理解」をとりあげ、精神科医を中心とした専門家による文献を典拠として注記しながら、ひとつひとつ、どこがまちがいかをあきらかにしていきたいと思います。
誤解1 うつは「こころの風邪(かぜ)」である
多くのうつ病体験者が複雑な心境になるのが、「うつはこころの風邪」という、よく聞くフレーズではないかと思います。
私も、初めて上司(学部長)に診断書を提出したとき、「うつはこころの風邪だから。だれにでもあることだから」と言われました。善意でおっしゃって下さっていることがはっきりしていたので、その温かさに感謝する気持ちと、「でも、あきらかにそんなものじゃないんだよな」という実感とが混ざりあって、そのまま泣きくずれそうな心地がしたのをおぼえています。
うつ病とはどのような症状が出るのかについては、次の項目でのべますので、ここではこの「こころの風邪」という表現の由来を説明しておきます。
この言い方は世界共通のものではなく、日本に特殊なキャッチフレーズだと言われています。SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)という、副作用が少なく飲みすぎ(オーバードーズ)の際の危険も低いため、従来とくらべて投与しやすい薬が国内でも認可された、1990年代末に定着しました。(1)