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特集74年、あの戦争を語り継ぐ

“悠仁さまの家庭教師”半藤一利89歳が振り返る「太平洋戦争開戦の興奮」

戦後74年――いま語られる“半藤少年”の「戦争体験」 #1

2019/08/15

満州国を作ってから国民の生活はどんどん豊かになった

 こうした論調に日本国民が同調したのは、その頃の日本の経済の好調さも背景にあったはずです。簡単に歴史を書く人はよく、「昭和の初めというのは貧しくて、息苦しくて、ろくな時代じゃなかった」と言いますが、これは嘘でしてね。

 もちろん激しい格差があったとはいえ、満州国を建国した昭和7年以降、日本経済は右肩上がりでした。国民の生活はどんどん豊かになったのです。だから、国際社会から侵略国家だと言われて圧力を受けているけれど、それに抗して国際連盟から脱退した政策は正しかった、満州国を作ったのは成功だった、というのが当時の世論でした。

 

重苦しい雰囲気を一気に吹き飛ばした開戦のニュース

 そうした段階を経て、工業化を進めていた日本は世界を相手に戦争を辞さない国になっていった。国民の意識もどんどん強くなっていった。そうしなければ、生きていけなかったんだという意見もあるでしょう。そして、日米開戦の2年くらい前になると、アメリカとイギリスが中国を支援し始め、その中国と戦っている日本は生活物資が日一日と減っていくという状況になります。その頃、新聞ではものすごい勢いで米英の悪口を書いていましたし、日本人全体の生活が重苦しい雰囲気になってきていたわけです。

 そんななか、昭和16年12月に私が聞いた開戦ニュースは、多くの日本人にとって、重苦しくなってきた空気をダーンといっぺんに吹き飛ばす衝撃がありました。私が学校や通学の途中で見た大人たちの明るい表情とは、そのようなものであったのです。

 しかし、戦争が始まってしばらくすると、そのような空気は一変することになるのです。

撮影=志水隆/文藝春秋

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