1968年作品(131分)/東宝/2500円(税抜)/レンタルあり

 前回述べたように、三船敏郎といえば「サムライ」が代名詞だが、それだけでなく軍人役もまた、そのキャリアを語る上で欠かせない。

 特に司令官を演じる際の、どっしりと構えた泰然自若な「静」のたたずまいが醸し出すリーダーとしての器の大きさや信頼感は、三船という並外れたスケールをもつ役者ならではの表現といえる。

 だからといって、ただひたすら厳然とし続けているわけではない。時おり見せる、なんともいえない人間くささ――そのチャーミングさもまた、大きな魅力となっている。

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 今回取り上げる『連合艦隊司令長官 山本五十六』は、まさにそんな三船の姿を堪能できる作品になっている。

 三船が演じるのは、表題の人物・山本五十六。太平洋戦争で日本の全艦隊の指揮を任された男だ。連合艦隊の司令長官に任命される直前から物語は始まり、真珠湾攻撃、ミッドウェイとガダルカナルの敗戦を経て、搭乗機が撃墜されるまでが描かれる。

 国力の差を正確に把握しており、無謀な戦争であることを理解する良識の持ち主でありながら、趨勢の中で大任を引き受け、全うしていく――。そんな司令官の姿を、三船は人間味あふれる芝居で表現していた。それは、冒頭から既に明確に出ている。

 帰郷していた新潟の長岡で花見をしながら川下りをする山本。この時、船頭(辰巳柳太郎)を相手に「逆立ちをした自分をそのまま落とさずに舟を漕ぐことができるか」という賭けに臨む。無事に桟橋まで舟を漕いでのけた船頭に金を渡そうとする山本と、受け取れないとする船頭。もみ合いの末に揃って川に転落、二人は顔を見合せて笑い合う。

 この時の底抜けに豪快な三船の笑顔には、人情味や大らかさが満ちており、身分に関係なく人と接することのできるさばけた人柄が伝わる。

 その大人物ぶりが最初に提示されたことで、心ならずも戦争に突入していく苦悩が、切実に映し出されることになった。中でも見事なのは、真珠湾攻撃後。戦果に沸き立つ周囲に対して、米軍の反撃を予測する山本。決して緩めることはない三船の表情は、苦しい胸の内を映し出していた。

 ミッドウェイに敗れ、戦況は悪化。山本は疲れ果てる。それでも暗い顔を見せようとしない。デンと構え、慌てず騒がず。三船の大らかな表情が、せめてもの救いを与える。

 物語は山本の撃墜死とともに終幕し、そこから先は描かれていない。それでもその喪失は、後の展開の救いのなさを予期させるものがあった。

 上に立つ人間に必要なものはなにか。それを教えてくれる、三船の名演技である。

泥沼スクリーン これまで観てきた映画のこと

春日 太一

文藝春秋

2018年12月12日 発売