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2019/09/01

『ボヘミアン・ラプソディ』のような伝記ドラマではない

 80年代初頭のエルトンが、ステージ衣装のまま中毒者のリハビリ施設に飛び込んで軌跡を振り返るオープニング。『ボヘミアン・ラプソディ』も1985年7月13日のライヴエイド当日という“現在”から70年代の“過去”へと飛んでいく導入だったことから、「今回もあの感じでいくのか……」と思ったところで、エルトンが故郷であるロンドン郊外ピナーの住宅街に飛び出して少年時代の彼=レジナルド・ドワイトにバトン・タッチしながら「あばずれさんのお帰り」を歌って踊りまくる。

©2018 Paramount Pictures. All rights reserved.

 ここでフレッチャー監督は『ボヘミアン・ラプソディ』のような伝記ドラマではなくミュージカルのスタイルを取ったのかと驚かされ、この眩い調子のまま弾けていくのかと思いきや、一転してレジナルド・ドワイトのすべてと決別してエルトン・ジョンとして生まれ変わりたいと願うまでに至った内気で劣等感だらけだった彼の悲壮で暗鬱とした物語が繰り広げられる。

 不仲だったうえに、息子に愛情を注ごうとはしなかった両親。「うちの家系だから20歳で禿げるわよ」との母親からのショッキングな予告とその到来。自身のセクシャリティに対する混乱と葛藤。スター歌手エルトン・ジョンとなってから待ち受ける、その座を維持することの重圧。盟友にして相棒、そして想い人でもあった作詞家バーニー・トーピンへの叶わぬ恋。恋人兼マネージャーとの愛のない日々。アルコールへの依存とドラッグの過剰摂取、人気低迷、まさかの女性との結婚と離婚……。

©2018 Paramount Pictures. All rights reserved.

 サクセス・ストーリーに影や負は付き物だが、あまりにそれが多いうえに赤裸々だ。しかもレジーからエルトンとなって以降は、錯乱と現実が入り交じるファンタスティックかつドラッギーな語り口にもなっていく。まさにロケットのごとく凄まじい速さで音楽シーンの頂点に上り詰め、これまた猛烈な勢いでドン底へと落ちていった、どうかしているにもほどがある栄枯盛衰を味わったエルトンの胸の内と頭の中を観る者に追体験させようとするのだ。これは製作総指揮を務めたエルトンが公言しているが、これまでの自分を美化することなく曝け出したい強い想いがあったからこそといえる。

エルトンを熱演する運命にあったタロン・エガートン

 だからといってミュージカル・パートが霞んでしまうことは決してない。その功労者はエルトンを演じ、全ミュージカル・パートを吹き替えなしで歌って踊り切ったタロン・エガートンだと断言できる。パブで「土曜の夜は僕の生きがい」を歌い出すや、店から遊園地へと飛び出して50名のダンサーをバックに踊り、またパブへと戻る凄技をワンカットでやり遂げるシーンは、まさに本作の大きな見せ場といっていいだろう。『ボヘミアン・ラプソディ』のラミ・マレックは、歌唱シーンの多くを吹き替えにすることでフレディの所作と話し方の再現の追求に注力したが、エガートンはひたすら歌うことでエルトンに近づいていったのだ。

タロン・エガートン ©getty

 5カ月におよぶピアノとボーカルのレッスンを経てエルトン役に臨んだわけだが、そもそも彼は王立演劇学校の入学オーデションで「ユア・ソング(僕の歌は君の歌)」を歌って合格、ゴリラの少年ジョニーの声を務めたCGアニメ『SING/シング』(16年) では本作でも超重要な場面で流れる「アイム・スティル・スタンディング」を熱唱、敏腕エージェントを演じた『キングスマン:ゴールデン・サークル』(17年)では本人役で顔を出しているエルトンとも共演して既に旧知の仲。まさにエルトンを演じるのは必然にして運命だと言わずにはいられないキャスティングで、そこにもグッときてしまう。