「会社がうまくいってるからこそ、歌がちゃんとうたえる」
矢沢は2004年に文庫化された著書『アー・ユー・ハッピー?』で、《オレは音楽をすごく愛してる。でも、音楽だけの人生っていうのは、聞こえはいいけど、オレにとってはウソだ。それは早くから見抜いていた》と明かしている(※2)。だからこそ、音楽にとどまらず、テレビドラマや映画、CMへの出演などさまざまな活動を展開してきた。彼としてみれば、ほかにも熱くなれるものがあるほうが、音楽でも新しいことができるという。権利の管理に力を入れるのも、結局は音楽のためだ。最近の対談でも、《歌をうたうためには、花だけじゃなく、幹や茎や根の部分もいる。スタジオも、会社もうまくいってるからこそ、歌がちゃんとうたえるんだよ》と語っている(※4)。
前出のNHKのドキュメンタリーで、矢沢は自家用船をテレビで初公開した。船の操縦は、バイクや車の運転と並んで矢沢の趣味の一つである。しかし最近になって、この船を手放そうかと考えているという。番組ではその理由を次のように説明していた。
「俺、あと何年歌えるのかな」
《いつぐらいかな、1年ちょっと前、「俺、あと何年歌えるのかな」とちょっと思ったんですね。「あと何年歌えるのかな」と思ったときに、何かふわっと「ああ、もう船、卒業してもいいかな」という気持ちはちょっと、理屈じゃなくてシュッてよぎるとき、あと何年歌えるのかな、船卒業してもいいな、全力全部、あと何年歌えるかのほうにかけたいなと思ったんですね。ステージですよ。(中略)結構ね、(体に)あちこちきますからね。その、あちこちきています、と言っている場合じゃないじゃないですか。それはそれで家でやればいいことで。ステージに立っている2時間はもう、じゃ、このチケット、お客さんは矢沢が70だ68だで見てないから「永ちゃん、飛ばして」「飛ばしてくれるよね」って見ているからね。もう飛ばさなきゃだめ。やっぱりね、自分が望んだ道です。自分が欲しくて欲しくてしょうがなかった道ですね》(※5)
28歳のとき、《五十歳になっても、白髪頭で再び五万人ぐらいのコンサートやる。家族全部連れてね、倅も大きくなってるだろう。その時、オレ何やるかな……?》(※1)と語った矢沢は、50歳どころか60歳をすぎてもステージに立ち続けてきた。昨年の誕生日の翌日、9月15日にはこの年のツアーを締めくくる東京ドーム公演を行ない、5万人の観客が集まった。今年も11月から12月にかけて富山を皮切りに全国ツアーを控える。これまで常に新たなことに挑み続けてきた矢沢だが、70歳を迎え、なおもファンの期待に応えようとすること、それ自体がいまや新たな挑戦となっている。
※1 矢沢永吉『成りあがり』(ぴあ、2013年/初版は小学館、1978年)
※2 矢沢永吉『アー・ユー・ハッピー?』(ぴあ、2013年/初版は日経BP社、2001年。のち2004年に角川文庫に収録)
※3 浅野暁『1億2000万人の矢沢永吉論』(双葉社、2018年)
※4 「矢沢永吉×糸井重里 スティル、現役。 第11回 歌手も、やってます。」(「ほぼ日刊イトイ新聞」2019年6月16日配信)
※5 NHK総合『ドキュメント矢沢永吉』(2019年8月24日放送)