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 もちろん、初めから何もしなかったわけではありません。母は、成長するにつれてどんどん粗暴になる兄をなんとしてでも食い止めようと、あれこれ試行錯誤していましたし、暴力に屈しない姿勢を示したり、兄の精神状態を心配して、病院へ連れて行くことも視野に入れていました。私もまた、家庭内暴力を解決するためにさまざまなアプローチを探したり、警察に通報することも考えました。

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 しかし、いくら調べても現実的な手段は無く、のちに起こりうる報復などのリスクも踏まえると、(あくまで)この国では、家庭内暴力の解決については「その場しのぎ」にすらならない選択肢しかなく、ただただ暴力に耐えることしかできなかったのです。

思考パターンが変わり、正常な判断ができなくなる

 アメリカの心理学者・セリグマンは、1967年に「学習性無力感」という理論を発表しています。「学習性無力感」とは、いじめや監禁、暴力など、抵抗や回避が困難な状況に長期間さらされ続けた場合、

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(1)自らその状況を脱する行動を起こさなくなる

(2)何をしても状況が変わらないと感じ、「努力すれば脱出できるかもしれない」とすら考えられなくなる

(3)ストレスの原因から逃れられない状況で、情緒的に混乱をきたす

 など、過度のストレスを受けながらも回避行動を行わない人が一定数いることを実験で証明し、彼らの行動の心理的根拠を裏付けたものです。

 私と母は、おそらくこの「学習性無力感」に陥って、「死ぬくらいなら、この身一つででも逃げればいい」という、生物としての「正常な判断」ができない状態にあったのだと思います。私が家から逃れられたのは、今にも自殺しそうな私の身を案じた「第三者」が、数年にもわたって、根気強く「とにかく逃げろ」と説得し続けてくれたためでした。