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木に“あるもの”で切り刻んだ溝が表現する「見えると見えないの境界線」

アートな土曜日

2019/09/21

「大切なものは目に見えないんだよ」

 著書『星の王子さま』の中でそう喝破したのはサン=テグジュペリだけど、彫刻作品でそれを体現しているのが戸谷成雄である。東京・六本木のギャラリー、シュウゴアーツで新作個展「視線体」を開催中だ。

戸谷成雄, 視線体, 2019
copyright the artist, courtesy of ShugoArts

視線が宙空に彫刻をつくり出す

 彫刻といえばふつう、あるボリュームと実体を持った立体物を想像する。それなのに戸谷は、彫刻を用いて「見えないもの」まで表そうとしている。どういうことか。今展会場に足を踏み入れて実地に見てみよう。

 展示スペースはふたつの室に分かれている。最初の空間には、床に大きな9つの立体物が並べてある。一見、重々しい石でできているかに思えるけれど、実際のところは木彫だ。

 

 堂々たる木のかたまりの表面は、激しく凹凸している。これは戸谷がチェーンソーを手に、一つひとつ入れていった切り込みである。それら表面の溝と襞がいったい何を表しているのかといえば、「視線」だ。

 戸谷はどんな空間にも、たくさんの視線が錯綜しているのを感じ取り、本来は目に見えない視線そのものを、チェーンソーで木に溝を彫り込むことで視認できるものへ変換している。

 木の表面を自在に走り抜ける切り込みは、視線が可視化されたものなのだから、木のかたまりを離れ、何もない空間にもぐいと伸びていく。部屋にしばし佇んでいると、一つひとつの視線が木に鋭く切り込みを入れたあと、宙空を飛び交い混ざり合い、ちょっと手の届かないあたりの高さで大きい像を結ぶのが幻視できる。

 

 いや、空間にぽっかり彫刻が本当に浮かんでいるわけじゃないけれど、なんだかそんな感覚を抱くのだ。そこにないものが、徐々に実在感を伴って見えてくる瞬間はスリリングだ。自分の想像力が、たしかな形態を持つ彫刻をつくり出したみたいでうれしくなる。