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木に“あるもの”で切り刻んだ溝が表現する「見えると見えないの境界線」

アートな土曜日

2019/09/21
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壁面に無数の木塊がびっしりと

 奥の室へ歩を進める。部屋の中央には、立方体の木彫がひとつ置かれている。チェーンソーで激しく切り刻まれたそれはあちこちが深く抉られて、ほとんど立方体の形状を留めないほど。

戸谷成雄, 視線体-散, 2019
copyright the artist, courtesy of ShugoArts

 その形態にも気を惹かれるが、それより存在感を発揮しているのは四方の壁だ。どちらを向いても、無数の木塊がびっしりとくっ付いている。規則性がありそうでなさそうなそれらの並び方に見入っていると、ああこれら木塊はすべて、中央の立方体が視線で切り刻まれていくときに飛散したものじゃないかと思う。または立方体が知らないうちに拡張し、この室全体にまで広がって、立方体を眺めていたはずの自分がいつしか内部に取り込まれてしまったのかもしれない。

 

 一つひとつの木塊と、立方体に刻まれた襞の一つひとつを、結び合わせてみる。するとたちまち空間は、無数の視線が交錯し絡まる、緊張感にあふれた場に感じられてくるのだった。

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 戸谷成雄はここでたしかに木彫をつくり展示しているが、同時に視線による「見えない彫刻」も、空間いっぱいに築き上げているのはまちがいない。

 見えるものと見えないもの。両者をともに扱う戸谷の作品世界に、会場で浸ってみたい。

本年72歳となる戸谷成雄さん
木に“あるもの”で切り刻んだ溝が表現する「見えると見えないの境界線」

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