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「大方の予想」なんて、裏切るためにある

 そしてそれは濱口だけでも、ベイスターズだけでもない、相手チームの阪神もそうだった。点を取られれば、取り返す。取り返されては、また取り返す。誰一人諦めてなかった。ハマスタにいる全員が、ベイスターズが、阪神が、それぞれ勝つと信じきっている。奇跡のような空間だった。ビールはおろか、食べ物すら口にするのをはばかられた。スマホさえ見られなかった。回を追うごとに漲ってくる、両チームの余りにも研ぎ澄まされた「絶対勝つ」という気迫の中で、私ができることと言ったら、ただ一緒に戦わせてくださいという気持ちだけ。ベイスターズおじさんの言う通り、我々はウキウキウォッチングするしかない。だけどこんなにレベルの高いウキウキウォッチングあるか。ぎゅっと握ったまま、拳の中の爪が痛い。寒いのに持ってきた上着を取り出すこともできない。私が集中力を切らしたら、負けると本気で思っていた。ガンジーは、ガンジーってこんな気持ちだったんだろうか。ファンは無力だけど、無力なりの精一杯を、もしかしたら今季最後になるかもしれないハマスタに捧げたかった。

 そして9回表、2アウトからの福留選手の同点ホームランが、自分の精一杯の足りなさを知らしめた。

「大方の予想」なんて、裏切るためにある。ハマスタ、デーゲームの濱口投手はダメという大方の予想のように。そもそもベイスターズに予想なんて成り立たない。昨日だって絶対勝つと思っていた。絶対勝つと思っていたのに負けた。一人で無意味にボウリングする羽目になった。9月21日のことを思い出す。虎の子……いや星の子の1点を勝利まであとアウト1つのところで巨人に奪われ、茫然自失になったあの日のことを。ヤスアキ回またぎの9回にラスボス福留の一撃で追いつかれた後の「大方の予想」は、ずるずると敗戦の海へと引きずられるベイスターズだ。トゥモローもアナザーデイもない、シーズンの終わりだ。嫌だ、まだ終わりたくないよ。私は自分の脳裏に浮かぶ「大方の予想」を打ち消すように、叫んでいた。

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「オトサカトモ」「オトサカトモ」「オトサカトモ」「オトサカトモ」

 それは不思議な呪文のように、ハマスタを包み込んだ。9回裏、宮﨑がヒットで出て、1アウト1塁での代打「オトサカトモ」。ピンと張り詰めたマウンドの空気が、一瞬、乙坂のバントのモーションで緩んだ。怖い、野球って怖い。相手は今季ベイスターズを完璧に抑えている岩崎投手。ニコのあの初球バントの構えが、「大方の予想」に小さく引っ掻きキズを作った。迷いを含んだ岩崎投手のストレートを乙坂が思い切ってスイングする。ボールはスローモーションのようにライトスタンドギリギリに沈んで消えた。バントすんのかい、すんのかい、せえへんのかい! からのホームラン。忘れてた、スプリットなら両方狙うのが乙坂だった。喜びと驚きと虚脱がいっぺんに訪れて、涙が溢れ、私は腰を抜かしていた。

サヨナラ2ランを放った代打・乙坂智

 破壊の夜が明けて、新しい今日がやってくる。新しい今日のベイスターズは、昨日のベイスターズとは違う。はまちゃんがニコが、パットンがエスコバーが、悔しい昨日を過ごした選手が「大方の予想」をその手で打ち砕いた。現在朝の5時。また新しい今日。第1戦を落としたチームがファイナルに行けないというデータと、ハマスタの阪神に勝てないという「大方の予想」に決着をつける、今日がくる。

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