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村上宗隆と廣岡大志の違いとは――ヤクルト・小川淳司前監督の若手選手論

文春野球コラム クライマックス・シリーズ2019

2019/10/13
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負けて勝つ、そんな戦いもあるのではないか?

 2年間の連載において、一番話題に出たのは廣岡大志だったように思う。取材ノートを見返してみても、廣岡に関する話題、発言がよく目立つ。たとえば、今年4月17日の対阪神戦。同点で迎えた9回、チャンスの場面でスクイズのサインを出したものの、廣岡は空振り。チャンスは潰えてしまった。そして19日に、廣岡はファーム行きを命じられている。

「もちろん、スクイズを失敗したから二軍降格を命じたわけではありません。彼の場合は一軍で出たり出なかったりするよりは、きちんとファームで調整した方がいいだろうという判断です。そもそも、あのスクイズは廣岡の責任ではなく、サインを出した僕の責任ですから。廣岡は自分のすべきことをしただけです。必死になってボールに食らいついた。でも、結果的に空振りとなった。これは結果であって、彼の責任ではない。空振りというリスクを覚悟した上でサインを出して、結果が出なかった。それも含めて、監督の責任です」

 二軍降格を決めた際も、自ら本人に告げた。そのときにも、やはり言葉をかけている。

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「廣岡には、“スクイズのサインを出して悪かったな”っていうことと、“お前を信用してあげられなくてすまなかった”と言いました。やっぱり、過去を引きずるのではなく、新しい気持ちで新しい試合に臨んでほしいというのが、監督としての率直な思いですから」

 この発言を聞きながら、僕は考えていた。「もしも、僕が小川さんの立場なら?」ということと、「もしも、自分が廣岡の立場なら?」ということを。もしも、僕が小川監督の立場なら、少なくとも謝罪はしないだろう。自分ならば、「ファームでしっかり技術を磨き直して、もう一度上に上がってこい」と激励するのではないか? バント失敗はやはり廣岡のミスだ。後に映像で見てもバットに当てられないボールではなかった。僕ならば、ついそう考えてしまったことだろう。

 一方、もしも廣岡の立場でこんな言葉をかけられたら、僕ならばどう感じるだろう。サインを出したのは確かに監督だけれど、バントを空振りしたのは紛れもなく自分のミスだ。それなのに、自分の目の前で監督が頭を下げている。ならば、「監督に頭を下げさせてしまった」という思いをエネルギーに変えて、さらなる努力をするのではないか?

 このシーンこそ、小川監督の小川監督たるゆえんなのだと、僕は思う。優しすぎる監督。以前、本人が自身の性格を踏まえて、「勝負事には向かないのかもしれない」と自嘲気味に言ったことがある。確かに今季は最下位だった。勝負事は勝たねばならない。でも、負けて勝つ。そんな戦いもあるのではないか? いや、あってほしい。甘すぎる考えであることは重々承知の上で、そう思いたい自分がいる。そう思わせる監督がいた。ときには、負けて勝つこともある。来年の廣岡には、ぜひそれを結果で証明してもらいたい。それが、廣岡にできる恩師への恩返しとなるからだ。

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