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アタリかハズレか“十亀くじ” ゆっくり歩みを進めてきた男の勝負所

文春野球コラム クライマックス・シリーズ2019

2019/10/11
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 パ・リーグ連覇を決める4日前の9月20日、前日の日本ハム戦で7回無失点と大仕事を成し遂げた十亀剣は、次の舞台に視線を移していた。

「CSは苦い思い出しかないので、しっかり結果を残して、チームのためになれるようにやらなきゃなと思います」

 今季19試合に登板して5勝6敗、防御率4.50。この右腕投手が先発した試合を、西武ファンは「十亀くじ」と呼ぶ。投げてみなければ、アタリか、ハズレか、まったく予想がつかないからだ。

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 CSファイナルステージ第3戦に先発する「十亀くじ」がアタリか、ハズレかは、短期決戦の行方を大きく左右する。チーム防御率4.35とリーグ最低だった西武には、計算できる先発投手はニールしかいない。そのエースが投げた初戦を痛恨の継投ミスで落とし、2戦目は今井達也が今季序盤から抱えていた不安を露呈させて敗れた。自慢の“山賊打線”を生かすも殺すも、ニール以外の投手陣がどこまで踏ん張れるかにかかっている。

自身を変えるきっかけは、偶然の産物だった

 JR東日本から2011年ドラフト1位で西武入団した十亀は、1年目から「即戦力」と期待された。タイプ的には サイドスローとスリークオーターの間くらいから腕を振り、とにかく力勝負を挑んでいく。ハマれば相手を圧倒するが、自ら崩れることも少なくない。それが「十亀くじ」と言われる一因で、過去8年で51勝47敗3セーブ、防御率3.94とドラ1としては今ひとつの成績にとどまっていた。

 そんな男は31歳で迎えた今季、投球スタイルを変えた。7割くらいの力加減で投げるようにしたのだ。

「僕の悪いところで、ここは強い球で行ってやろうと腕を振ると、シュート回転して中に入ってくるんです。例えば『1、2、3、4』のタイミングでリリースしているのが、『1、2、4』ってなるときもある。それは絶対ダメ。ピッチングには順序よくというのがあるので。軽く投げると140kmくらいしか出なくても、バッターの反応的には140km台中盤を投げていたときと変わらないファウルのされ方があって、意外にこれでいいんじゃないかなと思いました」

 自身を変えるきっかけは、偶然の産物だった。昨季5勝8敗に終わった影響か、今季の春季キャンプはB班でスタートした。

 十亀は春のキャンプで毎年、300球ほど投げ込む日がある。その際、軸足の右足が地面と擦れ、内側の皮がずる剥けになった。投げると痛みを感じるほどだったが、ちょうどその頃、A班が紅白戦でB班のキャンプ地にやって来て、十亀はそこに合わせて調整するように言われていた。

「なんでB班スタートかなと思いながら、ここでしっかり投げておかないとと思って無理に投げていたんですよ。でも右足を擦りたくないから、うまく軸として使えず、体が開きまくって球が行かない、シュート回転するという悪循環が続きました。それを直すにはどうしたらいいかと考えて、軽く投げるようになりました」

 二軍で調整し、4月前半からボールの質が上がり始めた。松井稼頭央二軍監督と話しながら、5月中旬の一軍昇格に照準を定めた。

 しかしチーム事情もあり、4月23日に今季初登録される。3試合ほど思うような投球をできずに試行錯誤したが、先発に回った5月12日の日本ハム戦から3連勝。以降は試合をつくるときもあれば、序盤に失点する場合もある。まさに「十亀くじ」を繰り返していた。

31歳で迎えた今季、投球スタイルを変えた十亀剣 ©文藝春秋

「すごく便利だった」ニールのベルト

「十亀は頑固なんだよね」

 そうしたチーム関係者の声を耳にすることが、時折あった。もしかすると、十亀は誤解されてきたのかもしれない──強くそう感じるようになったのは、今季最終盤だった。

 9月12日のソフトバンクとの天王山、そして優勝に向けて負けられない同19日の日本ハム戦で、いずれも7回無失点の好投を見せた。その背景として十亀が挙げたのが、ニールの影響だ。文春野球の記事でも紹介した「コア・ベロシティ・ベルト」を使い始め、投球フォームのバランスが良くなったという。

「僕はまず一人でどうにかしようとして、できなかった場合、誰かに手伝ってもらうという考え方でいます。そのとき、ニールの使っていた道具がすごく便利だったんです」(詳細は「THE DIGEST」の筆者記事を参照)  

 上意下達の野球界では、指導者の指示を聞かないと「頑固」のレッテルを貼られることがある。その指示があっていればまだしも、間違っていることも少なくない。だから選手は、取捨選択を求められる。

 一方でアスリートが成長するためには「傾聴力」も大切だ。ヒントはどこに転がっているかわからない。良さそうに見えるものを試し、自分に合えば取り入れて、合わなければやめる。好奇心こそ、成長の原動力だ。

 今季、十亀とニールはすれ違いを繰り返した。春季キャンプでニールはA班、十亀はB班でスタート。ニールが不振で登録抹消された4月後半、十亀は一軍昇格した。ニールが再登録された6月後半からともにプレーするようになり、連勝街道を歩む外国人投手が腰に巻いているチューブに十亀の目が止まった。

「最初は『なんであれをやっているの?』から始まりました。僕らは日本にいたら、どうしても日本にあるものしか入ってこなくて、海外のものって情報でしかないんですよね。でも外国人がこっちに来て、やっていることを見て、外国の文化をいい意味で取り入れられる。

 僕、頑張って外国人と話したいと思っています。通訳の人に言い方を聞いて、僕から本人に伝える。わからないことは通訳と三角関係でするとか。ニールは簡単な英語で言ってくれようとするので、話は全然できます。返すのはなかなか難しいですけどね。いい意味で、いい勉強材料です。年下ですけど(笑)」

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