「あなたに、いいコト。みんなに、いいコト。」に無理がある

 新聞を開いたら、マイナンバーカードの取得を促す政府広報が掲載されており(2月14日・朝日新聞)、女優・波瑠が、この春から社会人になる人たちを意識して「新生活のスタートに!マイナンバーカード」と破顔している。あたかも賃貸マンションや家具や家電の広告を思わせるハイテンションだが、新生活のスタートにマイナンバーカードは必須ではない。百貨店のメンバーズカードのように「初回発行手数料は無料!」との文字も躍るが、カードの申請者数が伸びず、焦りを覚えていることだけが伝わる。

政府広報オンラインより

 波瑠と一緒に登場しているマイナンバー啓蒙キャラクターの「マイナちゃん」(リクルートスーツを着ている)に「新生活で慌ただしくても大丈夫!」「バイトする時も!」と言わせているのだが、慌ただしい時には他にすべきことがいくらでもあるし、バイトする時にカードは必須ではない。マイナンバー推進にあたって「あなたに、いいコト。みんなに、いいコト。」とのキャッチコピーを使い続けているが、新生活が始まり社会人になると、ちょっとした偏屈な先輩が、そういう口実を真っ先に疑うべしと否応なしに教えてくるので、宣伝文句として効果的とも思えない。

波瑠に「レンタルショップでもOK!」と言わせる

 ちなみに、ウサギの「マイナちゃん」は、2014年に総数723件という実に微妙な数の応募から決まった名前なのだが、その選定理由について、所轄の内閣府大臣官房番号制度担当室は「『マイナンバー制度』について、より多くの方々に関心を持っていただくために、マイナンバーを連想しやすい名称であり、ロゴマークのウサギの親しみやすさが表現されている」としている。ウサギの目が数字の「1」になっているのだが、「1 1」と並ぶ両目がどうも信用できない。

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 現在、波瑠が出演している2パターンのCMを文字起こししてみる。

【身分証明書篇】「マイナンバーカードは身分証明書になります。だから、レンタルショップでもOK!銀行で口座を作るときもOK!さらにコンビニで住民票もとれます。マイナンバーカード、申請してね!」

【新生活応援篇】「新生活を始めるときにもマイナンバーカード!就職の時もマイナンバーの提示と本人確認がこの1枚でOK!バイトする時もOK!新生活で慌ただしいときこそ、マイナンバーカード、申請してね!」

政府広報オンラインより

 マイナンバーは今後、銀行の預金口座にも適用する方針だし、地方自治体が運営する図書館の利用カードとしても使用される動きもあり、とにかくあらゆる情報を紐付けしようとしている。「あなたに、いいコト。みんなに、いいコト。」ではなく、「国に、いいコト。」をもたらす制度であることは明らかなのだが、CMを見れば、あたかも個々人への利便のみに繋がると見せつける広報活動がいよいよ盛んだ。真っ先に「レンタルショップでもOK!」を言わせる理由は明らかである。

車両の窓ガラスを割られて強奪、『あぶない刑事』のような光景

 私たちは、マイナンバーをPRするために甘利明社会保障・税一体改革担当大臣(当時)が会見で、「ゲスの極み乙女。」の歌詞を引用しながら「私以外私じゃないの 当たり前だけどね だからマイナンバーカード」と口ずさんでいたことを思い出さなければならない。あれから2年近く、「甘利明」「ゲスの極み乙女。」「マイナンバー」とのキーワードを並べ、その共通項を探すとしたら、唯一の解は「情報は漏洩する」である。

甘利明社会保障・税一体改革担当大臣(当時)とマイナちゃん ©共同通信社

 波瑠は「持っていれば、みんなにいいコトがある。いいコトが広がっていく」とメッセージムービーで言う。そんなことはない。いいコトが広がる前に情報が漏れている。個人情報保護委員会が昨年10月に発表した「平成 28 年度上半期における個人情報保護委員会の活動実績について」を確認すると、昨年4月〜9月の間だけでも、49機関・66件の漏洩が確認されている。民間事業者が起こした2件の「重大な事態」について、具体的に明記されている。

【ケース1】「民間事業者において、従業員等約400人分のマイナンバーが記載された扶養控除等申告書を顧問税理士に郵送するために車で郵便局へ移動途中、10分ほど車を離れたところ、車両の窓ガラスを割られ、当該申告書が入った段ボールケース等を持ち去られた事案」

【ケース2】「民間事業者において、再委託先の担当者が、情報システムに記録されていた社員情報(特定個人情報を含む。)約400人分を誤って削除した事案」

 とある。ケース1など、あたかも『あぶない刑事』のような光景が想起されるが、本格稼働を前にしてこの手の事案が複数生じているのである。

上戸彩主演映画『昼顔』のキャッチコピーをそのまま使ったらどうか

 当初、マイナンバーの政府広報CMを担当していたのは上戸彩だ。当時のCMを確認すると、上戸には「マイナンバーって知ってる? マイナンバーは自分だけの番号。自分専用の番号で色々便利になっていく。」と言わせている。「色々便利」とは曖昧すぎるが、上戸がそう述べた後で、マイナンバーの用途が3つほど図示される。それが「行政手続が簡単に」「行政手続を正確に」「給付金などの不正受給の防止」である。

 そう、これが当初伝えられていたマイナンバーの利点だった。要するに利点の多くは、「みんな」への利点ではなく、管理する側の利点である。上戸が担当していた頃には、「レンタルショップ」や「バイト」などというシチュエーションは使われなかった。しかし、申請が伸び悩み、担当が波瑠に切り替わってからというものの、日常生活に必要不可欠とのテンションを必死に高め、「新生活のスタートに!」と珍奇なことを言い始めている。そのうち、「夏フェスにはマイナンバー!」「紅葉狩りにはマイナンバー!」と言い出しそうな勢いである。

「決して、もう二度と。せめて、もう一度。」は、今夏公開される、上戸彩が不倫妻を演じる映画『昼顔』のキャッチコピーだが、こちらのキャッチコピーをそのまま使ってマイナンバーの情報漏洩を危惧するCMを作ったほうが有用ではないか。上戸彩から波瑠へ、どんどんポップになっていくマイナンバー広告を注視する必要がある。