庭の栗の木の枝が不自然に2、3本折れている。ここ数日、枝が折れるほど強い風が吹いた記憶はない。折れた箇所を確認して、そのまま目線を下にうつすと、木の下では茂ったミョウガの葉が横倒しになっていて、獣が寝た跡のようになっていた。熊だ……。この秋、間違いなく、私が住む家の庭に熊がやってきていた。

獣が寝たような跡

周囲の人々は何度も私に「熊が出るよ」と忠告した

「オリンピックみたいなもんや、4年に1度。まちにも大量出没する」

 熊を狩ることをその生業としてきたマタギで有名な東北地方、日本最大の野生動物であり、食物連鎖の頂点にたつヒグマが生息している北海道。そのどちらでもないが、今現在もなお「朝カーテンを開けたら熊と目が合った」というような話が聞かれる地方が北陸にもある。

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熊が栗の実を食べたあと

 東京から、人類学を専門とする私の調査地である福井県大野市へと移住してちょうど1年が経った。大野の山際の集落にある空き家を借りて住み始めた頃、周囲の人々は何度も私に「熊が出るよ」と忠告した。特別豪雪地帯とされるこのまちで「雪が大変だよ」という言葉の、その次に多くかけられた言葉が「熊に気をつけて」であった。引っ越して間もない頃は、私の住む集落へと入る登り坂に立てかけられた「熊出没注意」の看板を目にする度に身が引き締まる。夜は「裏庭から飛び出してきたら大変だから」というので、家に着いて車から降りる前に熊鈴を鳴らすことが習慣になっていた。