「今以上のものは私から出てこない。もうやらないわよ」
「カトリーヌさんが、とてもいいリズムで、セリフとまったく違う内容を言うことがしばしばあった(笑)。ところがこちらはフランス語がわからないので、セリフが間違っていると判断できません。しかもリズムはいい。『カット』をかけて通訳さんに『今の演技、よかったね』と声をかけても『セリフがまったく成り立っていません』と返答され、何度もヒヤッとしました」
言葉の通じない撮影でこれほど恐ろしいこともないが、ドヌーブがデタラメなセリフを言っていたのは、もちろん嫌がらせのためではない。そこには彼女なりの理由があった。
「撮影現場で共演者との芝居のリズムをつかんでからセリフを覚えるのが彼女の流儀なんです。それで8回から10回テイクを重ねるうち、本当に素晴らしいテイクが1回ある。彼女自身もそれで満足で『今以上のものは私から出てこない。もうやらないわよ』とキッパリ。しかも仕事の後にディナーの約束があるときは、その1回が早くなる(笑)」
ドヌーブと樹木希林さんの共通点とは?
何かと喫煙者の肩身が狭いこのご時世にもかかわらず、ドヌーブは撮影中も吸いたいときに吸いたい場所で煙草を吸う。自由奔放でチャーミングな75歳の大女優がみせる、スクリーンでの存在感は、是枝作品に欠かせなかったある日本人女優を思いださせる。
「今回、試写を見た人から『ドヌーブがときどき希林さんに見える』と言われました。樹木希林さんとカトリーヌさんではキャリアの積み方も、役作りの仕方もかなり違います。しかし、共通点もある」
是枝監督がカトリーヌ・ドヌーブに見た樹木希林さんとの共通点とは——?
この作品が実現するまでの紆余曲折、ジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホークの演技について、フランスロケでの苦労、日本映画界、日本メディアへの苦言、そしてこれからの夢などについて是枝監督が縦横に語った「カトリーヌ・ドヌーブは樹木希林さんに似ていた」の全文は、「文藝春秋」11月号に掲載されている。