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愛する人を殺めた絶望の僧侶……ある彫刻家が表現した“闇と光”の「恋の三部作」

アートな土曜日

2019/10/26

 JR新宿駅のすぐそばなのに、一歩足を踏み入れれば、喧騒がすっと遠のいて快いのが中村屋サロン美術館だ。いまここで観られるのは、日本の彫刻表現のひとつのピークを成す作品群。「荻原守衛展 彫刻家への道」が開催中なのである。

 

ロダンからも直接に教えを受けた

 仏像など宗教関連の像を含めれば、日本の彫刻史には運慶や快慶をはじめ、傑出した人物が数多い。一方で、明治時代以降の近代彫刻に視野を絞ってみると、名の挙がる表現者は限られてくる。30歳で生涯を閉じた夭折のアーティスト荻原守衛は、その代表格として真っ先に名前を挙げたい存在となる。

 明治時代の長野に生まれた荻原守衛は、18歳で初めて油彩画というものを目にして大いに感化される。上京して画塾へ通ううち、海外留学のチャンスを得て渡航。最初は米国へ、のちにはフランス・パリでも学んだ。

荻原守衛《波止場》留学期 油彩、板 公益社団法人碌山美術館蔵

 パリ滞在時、彫刻の大家オーギュスト・ロダンの代表作《考える人》と相対する機会を得て、大きな衝撃を受ける。それまでは画家としての修練を積んできたが、これより先は彫刻を志すことを決意した。

 故郷から遠く離れた地で彫刻制作に邁進した荻原は、すぐに頭角をあらわす。数度にわたりロダンとも面会を果たし、「自然を師とせよ」などロダンが発した貴重なアドバイスを胸に帰国。それから吐血し亡くなるまでは2年ほどしかないが、その短いあいだにいくつもの彫刻を残したのだった。