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「何かを得ようとするなら、何かを犠牲にしなければ」ラグビー日本代表の活躍で思い出す五郎丸の言葉

あれから4年。歴史は確かに変わった

2019/10/26

「緊急増刊やるぞ。任せたからな」

 2015年9月、スポーツ雑誌「Number」の編集長から指令を受け取ったのは、ジャパンがワールドカップで世界を震わせた南アフリカ戦の翌々日のことだった。

「ブライトンの奇跡」を伝える翌日の現地紙

ほぼ個人旅行だったラグビーW杯観戦

 私はイングランドにいて、南部の港町・ブライトンのスタジアムであの試合を目撃したばかりだった。2日後には、北西に約240km離れたグロスターで日本対スコットランドの試合が行われることになっていた。

 当時Number編集部に在籍していたにもかかわらず「目撃した」と他人事のように書いたのは、それが本来の意味での「取材」ではなかったからだ。4年前、「数字が取れない」ラグビーは、いかにワールドカップであっても誌面は保証されず、海外取材費も支給されなかった。

 私は仕事の日程を工面して休みを確保し、インターネットで試合のチケットを購入してイングランドに渡航した。半ば個人旅行である。2007年のフランスワールドカップ以降、3大会連続のことだった。そのたびに貯金はほぼ底をついたが、(独身の当時は)問題ではなかった。今や多くの日本国民の知るところとなったラグビーワールドカップの魅力に、すっかり取りつかれていたからである。

“マグニチュード”の大きさを測りかねていた

 だからこそ、2015年9月、ジャパンが南アを破った後に編集長から受け取った「緊急増刊」という言葉に自分は奮い立った。スコットランド戦を見届け、帰国する飛行機の中で企画と構成を練る。

 数名のスタッフで取材編集にあたり、2週間後、戦いを終えたジャパンの一行が帰国すると、記者会見の直後に別室でエディー・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)のインタビューと写真撮影を行い、その数時間後には原稿の校正も終えて校了、という突貫作業だった。『桜の凱歌』と名付けたこの特集号は発売前からネット上で完売し、1980年のNumber創刊以来初となる3刷を記録した。

4年前の南ア戦では、キックに加えてトライも決めて勝利に貢献した五郎丸 ©getty

 しかしそれでも、今年のワールドカップ日本大会を迎えるまで、マスコミ関係者のほとんどが4年前にジャパンが成し遂げたことの“マグニチュード”の大きさを測りかねていたのではないか。