『茜さんのお弁当』で彼女が演じた主人公・西木茜も、一見清楚に見えてヤンキーたち相手に一歩も引かない、じつは芯の強い女性という設定で、清楚・可憐というスタンダードの中に“強い女性像”が描き出されていた。
中村雅俊主演の青春ドラマ『俺たちの旅』(’75年)では、田中健・岡田奈々演じる兄妹を女手ひとつで育てる母子家庭の母親・中谷美保役を演じているが、ここで作家の鎌田敏夫は、“どこか影のある母親像(美保は大会社社長の妾[愛人]という設定)”を八千草さんに託し、どんなに美しく健気に見える自分の母親にも影や闇のある人生の機微を、当時の少年少女たちにブラウン管を通して伝えていた。八千草さんは、作家から普通ではなかなか訴えられないテーマやキャラクターをいとも簡単に引き出してしまう不思議な女優だった。
生涯現役を貫いた女優魂と、少女時代からのプロ意識
当時のドラマスタッフから伺った話によると、八千草さんは『俺たちの旅』がドラマデビューとなった当時新人の岡田奈々(16歳)を、“ライバル女優”的にすごく意識していたそうだ。もちろん今でいうパワハラやいじめという低次元な意味でなく、よい意味で対抗心を燃やしていた。それが岡田の年齢に対するものなのか、彼女の演技力の拙さが生む初々しさに対するものなのかは定かでないが、とにかく岡田を意識した上で母娘の掛け合い芝居に臨まれていたという。そこに、自身も少女時代から芸能という世界に身を置く、女優としての不変のプロ魂を見出すことができる。
倉本聰が半ば八千草さんのために創出したとすらいえる先の『やすらぎの刻~道』とその前作『やすらぎの郷(さと)』(’17年)も、現代の日本が抱える重いテーマを、齢90歳を前にしてなお美しい女優・八千草薫に体現させようというドラマだった。
日本屈指の清楚・可憐な女優、八千草薫は、大作家たちの骨太なメッセージとテーマを堂々と背負い、受け留める芯の強さを持ち合わせたじつにパワフルな女優でもあったのだ。
最後に、有識者の方々からのお叱りを承知で書くが、『ガス人間第一号』ファンの筆者としては、八千草さんが、先にご逝去された水野役の土屋嘉男さんといまごろ天国で、笑顔で再会を果たされているお姿を夢想してやまない。