日本を代表する昭和の大女優のおひとり、八千草薫さんが去る10月24日に亡くなった。脚本家・倉本聰渾身のドラマ『やすらぎの刻(とき)~道』をご闘病のために降板されたときから心配されたことではあったが、いざその現実に直面すると、胸にズンと迫るものがある。享年88歳。死因はすい臓がんだった。
その訃報を目に耳にして東宝特撮映画の『ガス人間第一号』(’60年)のタイトルが頭に浮かんでしまうのは、幼少のみぎりにゴジラやウルトラマンなどの洗礼を浴びた特撮・怪獣少年転じて老人の、パブロフの犬的思考だが、そこはご容赦願いたい。確かに八千草さんの功績はそこだけに留まるものではなかろうが、かの『ガス人間第一号』も堂々たる名作邦画のひとつなのだから……!
大人の愛を描いた稀代の特撮ラブストーリー
八千草さんの役は、日本舞踊界の古いしきたりに真っ向から反旗を翻した、若き美貌の春日流家元・藤千代。そんな彼女にガス人間第一号こと図書館勤務の青年・水野が恋をしたことからこの悲劇の物語は幕を開けることに。水野は宇宙開発実験の過程で何人もの犠牲者を出していた(と思われる)佐野久伍博士(村上冬樹)による人体実験の失敗でガス人間と化してしまった。だが不幸中の幸いで、自らの意志で肉体のガス化をコントロールできることを悟った水野は、愛する藤千代のためにその力を行使し始める。といっても要は、舞踊界からの協賛を得られぬ彼女への資金援助目的で強盗殺人を繰り返すのだが……。