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「今日はいいBLを見つけてやるぜ……」売春で稼いだ1万円を握り締めて本屋に向かった日

2019/11/18

 父は自殺、母は毒親――。ゲイの男の子が過酷な家庭環境でも生き抜いてきたこられたのは、かけがえのない出会いと愛があったから。おせっかいでも人の悩みを聞いて、一緒に考え、腐らずに立ち向かってみる、そんな「ゲイ風俗のもちぎさん」のルーツが明かされる初の自伝エッセイ『あたいと他の愛』が現在発売中です。もちぎさんの心に刻まれた16歳の高校生活。

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 その街はあたいにとって、とっても煌びやかな街だった。

 なんでかって言うと、まず、駅前にコンビニがあったから。

 それにマクドナルドにミスタードーナツ、あと大きめの本屋に100円均一ショップも。

 絶えず人が行き交う通りや商店街すら、すごく目新しくてキラキラして見えた。

 今思い返せば、それはいわゆる、ただの郊外の街並みだと思うけど。

 全部、あたいが住む何もない隣町には無いものだった。

 あたいは中学生の頃から、校区ではないこの街をたまに訪れては本屋に寄ったりしていた。だけどその頃は異国の地のような感覚で、1人で歩くのは怖かったし、あまり理由なく近づいてはいけない気がしていた。

 しかし16歳になる頃には、この街を庭のように感じ始めていた。

 そう、なぜなら、あたいはこの街にある高校に入学したからだ。

 あたいもちぎは当時、花も恥じらう16歳、ピッチピチの高校1年生だった。

 その頃には唯一の味方である姉ちゃんが、彼氏と同棲を始めて田舎を出ちゃってたので、あたいは母ちゃんと2人暮らしだった。

 姉ちゃんは家計を支えるため、家を出てからも仕送りをしてくれていた。

 母ちゃんは人付き合いが苦手だったので、パートの仕事も続かず、生活は常に困窮。ひっ迫したお財布事情を顧みず、母ちゃんはまあまあな浪費家だったもんで、あたいは高校入学とほぼ同時に、生活費を稼ぐ為にアルバイトを始めていたわ。

 初めてのアルバイトは体力的には大変だったけど、人には恵まれたお陰でそこそこ楽しくやれた。それにあたいとしては、関係が険悪な母ちゃんがいる家に帰らなくて済む分、勤務時間が長くとも苦じゃ無かった。母ちゃんとしても、あたいが家にいなくてラクだったみたい。

 けどね、田舎の飲食店の高校生バイトなんて稼げる額はしれてたわ。