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2019/11/22

 明治期以前から、地名については多方面の学者や在野の研究者、それに愛好家たちがさまざまな側面から研究してきたが、人間の生活──農工業、漁業などの生業関連だけでなく各時代における土地政策や税制などの行政関連、これに加えて民間信仰を含む宗教的な用語、祭礼、雨乞いや豊作祈願などの年中行事や道具の名称や使用法など民俗学的な知見、さらに地理分野では詳細な自然地形の呼称(方言によりさまざま)に始まって河川改修や水防に関する歴史、日照や降水状況といった気候、土地の肥瘠などといった土地条件など、地名の関わる守備範囲はきわめて広大なので、異分野の学者たちが協同作業で向かわないと解明できない難しさがある。

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 その点では他分野との協同が苦手な人が多く、共通言語が乏しいといった傾向があったようで、どうしても各自の専攻に偏った解釈を試みる論調が長らく濃厚だった。たとえばアイヌ語学者はアイヌ語、朝鮮語学者は古代朝鮮語にルーツを求めるし、地形学者は地形に重きを置き、民俗学者は人の生活実態に立って論を進めるといった具合である。

歴史的地名の大半は由来がわからない

 それに加えて、各地に存在する地名に関する伝承が議論に影響することもあれば、それらを全否定したりと混乱しているのが現状だが、いずれにせよ歴史的地名の大半は由来がわからない。「ある大名がこのような理由で変更した」などといった改称の明快な記録が残るものはむしろ例外で、地名を命名した本人に聞かなければわからないのである。そのご本人はとっくの昔にこの世の人ではないので、現代人としてできることといえば、各地に分布する同種の地名を比較検討して条件を考慮し、可能性の高い解釈を求めていくことしかない。

「この類の地名は危険」とセンセーショナルに書き立てれば、あるいは本や雑誌が売れるかもしれないが、いわれなき地名へのレッテル貼りが「飲み屋のネタ」のひとつにとどまらず、悪くすれば個人資産の価値を下げるおそれがあることを考えれば、地名の由来を自己流で断定し、非科学的な「デマ」を広めるのは厳に慎んでほしいものだ。そもそも命名から長らく経過した地名はあくまで広がりをもった存在であり、それをふまえれば「地名の安全性」という言葉自体が非科学的だ。医薬品に適用する法律に照らせば違法となるレベルの「擬似科学」は、そろそろ地名の世界から退場してもらいたいものである。

地名崩壊 (角川新書)

今尾 恵介

KADOKAWA

2019年11月9日 発売

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