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「された側が不快に感じたらハラスメント」とはならない

荻谷 裁判では、問題とされる言動が「違法と評価できるか否か」が問われます。ハラスメント問題では、よく「された側が不快に感じたら、それはもうハラスメントだ」などと言われます。しかし、裁判における「違法かどうか」の判断基準は、“した側”の認識でも、“された側”の認識でもなく、あくまで社会的に不相当といえるか、つまり、世間一般からみて悪質さが一定レベルを超えるものか、というところにあります。

――織田さんは、濱田コーチから受けたモラハラ行為として「陰口を言われる、無視される、睨みつけられる」などがあったと主張しています。また、直接怒鳴られることもあったと。

©文藝春秋

荻谷 そうした言動自体は、残念ながら、一般に様々な組織で少なからず見られるものであり、誰かの陰口を言ったり、誰かを無視したりした人全員が、裁判を起こされたら負けてしまう……ということにはなりません。そうした言動により、裁判において金銭賠償の請求が認められるには、それが違法と評価されること、すなわち、通常の人が受け入れられる範囲を著しく超えるほど悪質である、と認められることが必要です。

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――なるほど。「これは一般的にはハラスメントだけど、金銭での賠償責任を負わせるほど悪質なものではない」という範囲が存在していて、そこを超えないと慰謝料などの損害賠償請求までは得られない、ということですね。

「馬鹿」「役立たず」「無能」といった発言はNG

荻谷 そうです。その上で「違法と評価できるか」を判断するには次の4つのポイント、すなわち言動の「内容」、「頻度・期間」「言動が行われるに至った経緯と言動が行われた際の具体的状況」「加害者とされる者と被害者とされる者との関係」などを考慮することになります。陰口や怒鳴るという行為においては、特に「何を言ったか」「どのような経緯や状況で言ったか」が争点になるでしょう。

――具体的にどんな発言がNGなのでしょうか?

荻谷 一般に問題となるケースとしては、「殺す」や「死ね」といった、相手に恐怖を与える発言が挙げられます。また、職場において、上司が「辞めさせてやる」などの、雇用を脅かすような発言をすることもいけません。それ以外ですと、「馬鹿」「役立たず」「無能」といった、人格を否定するような発言がなされた場合も、賠償が認められているケースがあります。例えば、上司が部下に対し、他の従業員がいる前で「ばかやろう」と罵ったり「結局大学出ても何にもならないのだな」と発言した事案で、裁判所は会社へ80万円の支払いを命じる判決を出しています。

裁判では「恥をかかす」という行為が重く見られる

――もうひとつの「どのような経緯や状況で言ったか」という側面では、何がポイントになるのでしょうか?

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荻谷 同じ「怒鳴る」という行為でも、当事者同士しかいない状況で怒鳴った場合と、周りに人がたくさんいる状況で怒鳴った場合とでは、印象は変わってきますよね。裁判においては「恥をかかす」という点に着目する傾向が見られまして、今回のケースで言えば、周りに何人も学生がいるような場で織田さんが怒鳴られていたとしたら、場合によっては“違法”と認められやすくなるかもしれません。

――本人がいない場での「陰口」も、同様にハラスメント行為となりうるのでしょうか?