女優はいつから「おばさん」を演じるのだろうか。
ホームドラマも恋愛ドラマも勢いを失った今、メインを張る40代以上の女優に求められるのは何より「カッコ良さ」だ。男性に媚びず、芯の強さを武器に仕事に立ち向かい、恋もするが最終的には自分の足ですっくと立つ。そんな現代のファンタジーを体現する女優たちは美と若さ、そして嫌味にならないサバサバ感を画面の中で競い合う。そこに「おばさん」の4文字はない。
そういった現状にほんの少し対抗するようにアップデートを重ね、約30年間つねにテレビドラマの第一線に立ち続ける女優がいる。
松下由樹である。
『G線上のあなたと私』で“平凡な主婦”を演じ切る松下由樹
現在オンエア中の『G線上のあなたと私』。これまで“お仕事ドラマ”を多く送り出してきたTBS火曜10時の枠だが、本作で描かれるのは仕事でも家庭でもない趣味のバイオリン教室=サードプレイスで起こる小さな人間ドラマだ。
結婚直前に婚約破棄されたアラサーの也映子(波瑠)、兄の元婚約者であるバイオリン講師に想いを寄せる大学生の理人(中川大志)、姑と同居する専業主婦の幸恵(松下由樹)。3人がそれぞれの思いを抱えて入った音楽教室で出会い、柔らかな人間関係の中、彼らの心が少しずつ変化していく様子が穏やかに紡がれていく。
原作漫画の世界からそのまま抜け出したような波瑠と中川大志のたたずまいや瑞々しい演技も作品の世界観にぴったりハマっているのだが、おもにアラフォーからの女性たちに多大な支持を得ているのが本作で平凡な専業主婦・幸恵を演じる松下由樹だ。
「これからの人生が見えてしまった」幸恵の“エアバイオリン”
郊外の戸建てに家族4人で暮らし、夫の浮気や姑の介護といった現実的な問題を抱えながら、教室では絶妙な距離感で也映子や理人と向き合う幸恵。也映子たちが「これからの人生に迷う人」であるなら、幸恵は「これからの人生が見えてしまった人」である。だからこそ、主婦でも妻でも母でもなく「自分」でいられるバイオリン教室での時間が何よりも大切なのに、それすらも家族の都合で取り上げられる。
音楽教室の大ホールでの発表会当日、姑が倒れ、会場に行けなかった幸恵は登壇時刻に病院の窓際で“エアバイオリン”をかまえ、也映子や理人と練習を重ねた「G線上のアリア」をひとり弾く。その姿は家族のことで自分の何かをあきらめてきた多くの女性たちの心に深く刺さり、多大な共感を呼んだ。
『G線上のあなたと私』では自らを「おばさん」と称し、余った肉じゃがをカレーにリメイクしそうな幸恵役を自然に演じている松下だが、当然、最初から「おばさん」キャラだったわけでも、いわゆる「普通の主婦役」を得意とするタイプだったわけでもない。