カープ女子の誕生秘話
文春オンライン読者の皆さまはじめまして。カープファンの皆様こんにちは。黒田ロスに悩んでいるタラレバカープ女子の大井智保子と申します。
このレースに参加させていただくことになってから、毎日緊張した日々を過ごしていましたが、泣いても笑っても「文春野球コラム ペナントレース2017」オープン戦スタート。有名な作家さん、ライターさん、タレントさんの中に一人ド素人が混ざりこんでしまい、嘘じゃなく震える手と闘いながら書いています。
初めての投稿ということで、簡単に自己紹介をさせていただきます。
広島県出身、東京在住のOLです。大学生の頃から読者モデル・サロンモデルとして雑誌やwebなどのメディアに出させていただいておりました。どこにでもいるごくごく普通の女子が、なぜ今こんなことになっているのでしょうか。
InstagramやTwitterはまだ存在していなかったものの、ブログで個人が情報を発信できた時代。東京の生活の中で感じていたフラストレーションを解消したくて「カープ女子」は世に広まりました。
1.「趣味は何?」と聞かれ「カープ」と答えると、「カープって何?」と聞かれること
2.「カープが好き」というと、「珍しい・変わってる」と言われること
3. 一緒に観戦してくれる女友達があまりいなかったこと
4. スポーツニュースでカープの映像が映らないこと
5. つまり、カープの情報をなかなか得られなかったこと
特に下2つのフラストレーションを解消したかったのがきっかけです。
女子会ブーム
今では当たり前に使われていますが、2000年前半頃から流行りはじめていた「女子会」という言葉。雑誌でも女子会企画の撮影などが増え、次第に○○女子、○○ガールという言葉がうまれていきました。私たちも自らを「カープ女子」と名乗り始めました。
神宮もハマスタも、チケットは当日で大丈夫だった時代、栗原選手が不動の四番で、「マエケンクリケン創建ホーム♪」だった時代。まだ「女性カープファン」だった時代。
もっとカープが全国的に有名になれば、もっと女の子ファンが増えれば、もっと球場に人が増えれば……。
そういう想いで積極的に隙あらば「カープ女子」「カープガール」という言葉をまき散らす活動をしていました。雑誌の撮影でも、カープグッズやオリジナルのアイテムなどでなんとかカープの痕跡を残したりしていました。
そんな頃、前田健太投手の大活躍や、堂林選手、今村投手などの女性に好まれやすい選手の入団などもあり、東京で本当に女性カープファンが増えていったのです。「関東にカープファンが増えている、女性カープファンも増えている」という記事で週刊誌で取材されることもありました(「カープ女子」とは書いてもらえず)。
カープ女子・デビュー
そして運命の日、Number Webのコラムでついに「カープガール(カープ女子)」という言葉を取り上げていただけることになったのです(あとから聞いた話によると、NumberWeb史上でも屈指の反響だったとのこと)。自称ではない、オフィシャルな「カープ女子」が誕生しました。
2014年12月にはユーキャン新語・流行語大賞にトップ10入り。大学進学で上京した広島出身のどこにでもいる普通の女性カープファンが、流行語大賞のステージに立ち、表彰されることになったのです。
おかげで1~5のフラストレーションは全て解決しました。現在は「カープ」と言えば「ミーハー」と言われ、「カープ女子」と言えば「ニワカ」と言われる。色んな女友達が球場に行きたい・行こうと声をかけてくれる。スポーツニュースで取り上げられるようになったどころか、どんなジャンルの番組でも特集されるようになりました。
今は、チケットがなかなかとれないこと、グッズを買うのが大変なこと、という新たなフラストレーションが発生していますが、昔のそれに比べればなんてことはありません。カープファン仲間と助け合えばきっとなんとかなりますから。
簡単になんて書いておきながら長くなってしまいましたが、ただのファンのくせに、女子のくせに、ではなくファンだからこそ、女子だからこそ、で戦っていけたらという思いです。
日本中に野球ファンがもっと増えますように。NPBがもっと盛り上がりますように。文春野球コラム ペナントレース2017が話題になりますように。
◆ ◆ ◆
※「文春野球コラム ペナントレース2017」実施中。この企画は、12人の執筆者がひいきの球団を担当し、野球コラムで戦うペナントレースです。